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在る偏屈者による半年遅れのMBA留学日記、そして帰国後に思うこと
沖縄にいる。
それと知っていたわけではないが、滞在するホテルの部屋からは、大浦湾越しに、辺野古岬が見える。辺野古といえば、米軍普天間基地の移設先として話題になっている場所である。東京にいると、物知り顔の「専門家」やニュースキャスター、NPO団体などが、辺野古の海や自然のかけがえのなさを訴えるのだけが情報源であるが、実際に青い海を挟んで向き合ってみると、確かに非常に穏やかで、豊かな自然環境であることに気づかされる。しかし同時に、その候補地は今は「なにもない」場所ではなく、米軍海兵隊のキャンプ・シュワブが既に辺野古岬の大部分(それも最も風光明媚で環境の良い場所)を占めていて、白砂のビーチにも民間人は立ち入れない、という事実も、すぐ目に飛び込んでくる。
偶然、辺野古に住む60歳くらいの女性に話を聞く機会があったが、確かに辺野古移設の話が最初に出たときは、村を二分する激論になり、女性の家庭内でも賛成派と反対派に分かれて家族の縁を切るほどの議論になったという。基本的な対立軸は、昔から親しんだ自然の維持を重視する立場と、基地による経済的メリットを重視する立場の対立である。ただ、それも随分前の話で、地元としては実際にいったん基地受け入れで落ち着いていたらしい。ところが鳩山首相以来の「すったもんだ」で、にわかに全国の注目を受けるようになり、それまで特段騒ぎ立てもしなかった前述の「専門家」やマスコミ、NPOなどがわあわあ言うようになったもんだから、地元からすると「何事か」という多少醒めた感覚なんだそうだ。よく聞く「ジュゴンの住む美しい辺野古の海」という話も、今回の「すったもんだ」のあと、地元の人たちは初めて聞いたらしい。私が話を聞いた女性も、テレビでジュゴンの話を聞いて、親戚近所に聞いて回ったそうだが、誰もジュゴンがいるということを知らない。念のためと、大浦湾を越えた北の集落で聞いてみると、そこでは見たことがあるという人や、食べたことがある(!)という人までいたらしい。つまり、ジュゴンはいるにはいるが、今回の基地の話とは直接関係ない場所にいるのだそうだ。大浦湾沿いを走る国道にも「ジュゴン」をうたった基地反対派の看板が立つが、それも県外の人が置いていったものだという。
さらに彼女がいうには、辺野古は昔からキャンプ・シュワブの米国人と積極的に交流をもち、村の集まりや行事にも米国人を招いたりしてきたため、比較的地元と米軍の関係が良好で、トラブルもないらしい。むしろ国際結婚も多く、彼女の姉妹や姪でも米国人と結婚し、またその配偶者が軍隊を退役後も辺野古に住んで、地元と米軍のパイプ役になっていたりもするという。一方、同じ沖縄、あるいは同じ名護市でも、基地の多い太平洋側は概ねそのように融和的である反面、基地のない東シナ海側では米軍に「免疫」がなく、非常な警戒感と恐怖心を懐いているらしい。
百聞は一見にしかず、また一見もその背後にある現実にはしかず、ということか。。。
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仕事で、インドのニューデリーを数日間訪れる機会があった。
恥ずかしながら、初めてのインドである。
短い滞在ではあったが、幾つかの角度から、同国の噎せかえるようなエネルギーと、大きな矛盾を体感することができた。

インド最大の二輪車メーカー"Hero Motors"の幹部の方がスピーチで、インドを"Extreme diversity"と称されていたが、私が今回感じた同国の印象を一言で表すと、この表現に至るように思う。それは単に同国が、12億人を超える人口を要し、22の「公用語」と数千の小言語が話され、州や地方によって文化も大きく異なる、という意味だけではない。貧富の差、学問の差、官民の差、政治観の差、生きる目的や時間軸の差など、実に様々な軸で、信じられないほど広いスペクトラムの両端に生きる人々が、ニューデリーという街の中でさえ混在している、という意味である。

ニューデリーの一角のスラム街を訪れ、そこに暮らすある家族の自宅にお邪魔する機会があった。どこかの農村から職を求めて流れ着いたというその家族は、両親と子供が5人で、4畳半が二間くらいの家に住んでいる。父親は街の屋台でフルーツを売り、4人の娘のうち3人が内職の裁縫をし、あわせて一家で月に5,000円ほどを得ている。うち1,500円ほどは家賃に消え、残されたお金で細々と暮らす。内職をする娘3人は、学校に行ったことがない。農村から不法に流入してきたために居住証明がなく学校に行かせられない、と母親は話していたが、一人息子と末の娘は学校に言っているということだったので、辻褄が合わない。恐らく、良く言えば二人の就学を他の家族で支えている、悪く言えば3人の子供を労働力として搾取している、ということだろう。内職をする3人の娘に将来の夢を聞いてみた。曖昧な笑みが返ってくるだけで、要領を得ない。やっと一人の子が「お医者さん」と言ってみたが、即座に母親から「学校もいってないのに、なれるわけないでしょ」と一蹴され、あわてて「学校にいくこと」と言い換えていた。

一方で、インドの一流大学を出た(あるいは出ようとしている)若者15人ほどと、英国生まれのインド人起業家との討論に、参加する機会もあった。
こちらの学生たちは、当然英語を自在に操る(前述のスラムの家族とは通訳を介してヒンディー語で会話)し、議論を重ねる力が本当に長けている。独り言のように自分の意見だけ延々というのではなく、きちんと相手の意見や質問を踏まえて、主張を展開する。意見の論理的構成力や論旨の明快さはさすがに個人によってバラツキがあるが、皆一様にレスポンスが早く議論が途切れないので、次第に言いたいこともみえてくる。彼らの視線は、5年から10年の先にある。彼らは皆、自らの才覚に自信と責任が強く、誰かに何かを言われてやるのではなく自分の志す道を進み、チャンスをつかもうと必死である。恐らく相当の苦労をして、それだけの学問を修めるに至ったのだろうし、それを可能にしてくれた家族への強烈な責任感もあるのだろう。日本的にいえば、協調性がないとか、謙虚さがないとか、そういう評価を受けるかもしれないが、我々に対する敬意も忘れておらず、必ずしも嫌な感じはしない。むしろああいう若者が、湧いて出るように無尽蔵に輩出され、一部は米国や英国でも教育を受け、インド国内に限らず、中国や中東、あるいはアフリカなど、新興国市場で貪欲に活躍していく姿には、計り知れないポテンシャルと脅威しか感じない。

そして、同国を導くはずの中央高級官僚は、こうした停滞と飛躍、苦難と希望、搾取と投資が渦巻くインドの民衆と、まったく乖離した精神世界に生きている。簡単な昼食をご一緒させていただいた50歳前後とみられる財務省秘書官は、貧困にあえぐスラム街の人々にも、輝かしい可能性をもつ若い人材にも、さして興味がないようである。多弁でユーモアに富んだ彼の口からでる言葉は、民主主義の素晴らしさ、皆が自分の意見をもつインド人の素晴らしさ、国連やWHOなどの国際機関の限界、などの大所高所の話ばかり。具体的な各論になると、とたんに議論がおぼつかない。例えば格差と貧困の解消について問うと、「全国民に、コメと麦と食用油を支給するのはどうか、と考えている」と、まるで突拍子もなく、また国民の真のニーズを理解しているとも思えない発言が出る始末。インドの国家官僚は、給与も高くないが、20代で日本の国家公務員一種試験にあたるような試験にパスすると、その後の業績や活躍に関わらず、一生それなりのポジションを巡りながらの雇用が確約される。彼自身、それを認めつつ、「だから我々は自由に議論できるのだ」と半ば開き直っている。今後の天文学的な金額が投じられる同国のインフラ建設などが、こうした人々に牽引されるのかと思うと、恐ろしくなる。

日本にいると、何となく「遠い」感覚でいたインドであるが、こうした極端な多様性を包含しながら、確実に成長している。どこかで矛盾が爆発するのではないか、とか、そういつまでも高成長が続くわけではない、とか、懐疑的な目を向けることは簡単だが、我々の世代もさることながら、我々の次の世代の日本人は、間違いなく彼らのような連中と闘っていく必要がある。そして彼らの矛盾が爆発することがあれば、それは既に一つの国民国家の中だけの限定的事象ではなく、地球人口の20%以上が関与する社会現象として、影響は世界中に拡散されるだろう。いや、「影響の拡散」という点では、既に恐るべきペースで、随分以前からそれは始まっているのかもしれない。日本の学校教育や企業教育は、こうした現実を次の世代に正しく教えているのだろうか。インド社会の張り詰めるテンションへの疑問とともに、そんな疑念も強く感じた滞在であった。


久しぶりに、ここに書く。
最後に書いてから2週間ほどのちに大震災が起きた。
その後、世の中の空気が一変し、政治的・経済的混迷があり、一方で自分自身には、非常にやりがいはあるがチャレンジングな仕事が入った。
意味のあることを落ち着いて考える精神的・時間的余裕がなかった、というのが正直なところであろう。

ブランクのあと、何から書くべきか、考えなくもなかったが、妙案もなく、ともすれば新聞社説のような時事批判になりそうで、敢えて全くそうした色彩のないことを書く。

鈴木のりたけ氏という、絵本作家がいる。
グラフィックデザイナーをされていたが、「しごとば」という絵本が大ヒットし、一躍人気絵本作家として注目され、活躍されている。
「続」「続々」と3部まで発行されている同シリーズであるが、文字通り、さまざまな仕事について、子ども向けだからと妥協せずにかなり現場に突っ込んで、しかも子どもが感じそうな素朴な疑問を抑えつつかかれてあり、大人が読んでも十分面白い。特に第一作目となった「しごとば」で取り上げられている新幹線運転士のくだりは秀逸である。

それもそのはず、鈴木氏はかつて、短期間ながら、東海道新幹線の運転士をされていた。
しかもそのとき、私も彼と同じ職場で、一緒に運転士をしていた。つまり、わずか数年間ではあるが、彼と私は同期入社の同僚であった。運転士を「卒業」した後も、二人とも鉄道以外の関連事業を統括する部署に配属になり、ともに名古屋で働いていたこともある。
その後、私は思うところあって退職し、今のコンサルタントという職業に就いたが、彼はそれよりも1年ほど前に退職し、グラフィックデザイナーに転じている。私自身は、当時の仕事に疑問を感じつつも、まだキャリアについて明確な意思決定をしていなかったころに、まるで電車でも乗り換えるような潔さで職を転じた彼の決意は、衝撃的であったことを覚えている。それから6-7年が経ち、私が米国に留学している頃、鈴木氏は人気絵本作家としてブレークされる。10年前、二人が新幹線を運転していた頃は、我々自身を含めて、恐らく誰も想像していなかった展開ではなかろうか。

次の10年後どうなるか、これまたお互いわからないが、プロの絵本作家としての彼の活躍に負けないよう、私もプロの端くれとして頑張ります。







 



昨年に引き続き、今年も所属するコンサルティング会社の社会貢献活動として、NPOへの無償コンサルティングを提供しようとしている。キャパシティーの関係等から年間2-3件しかプロジェクトをこなすことができないが、それでも昨年まで7法人8件の支援を行ってこられたのは、ファームの支援と仲間のコンサルタント諸氏の問題意識・意欲・スキルのお陰である。

今年最初の支援先となりそうなのは、ポラリスプロジェクトというNPO法人である。取り組んでいる社会問題は、人身取引。「性的搾取や労働力搾取を目的とした人身取引問題に取り組み、日本を人身取引問題のない社会にすることを目指」すことをミッションとして掲げ、ホットラインの運営、被害者への救出・隔離等の直接支援、入国管理官等への研修、各種啓蒙活動などを行っている、日本でもかなり唯一性の高いNPO法人である。一般にはあまり馴染みがないかと思われるが、日本は2004年に米国政府からある種の「警告」を受けたほど、先進国の中では人身取引を取り締まり、被害者を支援する法的・社会的な基盤の弱い国である。昨年一年間で公に摘発された人身取引事件はわずか19件と極めて少ないが、性的労働などのためにアジア・南米等の海外から売られてくる外国人、「出会い系サイト」などを通じて事件に巻き込まれる日本人の数は、年間に数百とも千近いとも言われる。しかしながら日本の法律では、人身取引被害者は売春、不法就労、不法入国、などの罪にとわれることはあっても、なかなか被害者としての地位を確立することが難しい。また誤解を恐れずに言えばあまり「明るい」話題でもないため、なかなか企業等からの支援が集まらない。現状彼らを財政的に支援しているのは、日本人としては恥ずかしながら、いわゆる外資系企業がほとんどである。ここに何とか、一般市民や日本企業をはじめとする企業からの寄付を獲得できないか、というのがプロジェクトのテーマとなる。

また、別のところで名前を紹介され、最近関心をもっているNPOに、メッシュサポートという団体がある。沖縄本島北部及び周辺離島地域への民間医療ヘリ派遣を行っているNPO法人である。同地域は交通網および救急医療のカバレッジが弱く、急性疾患や交通事故などが発生すると、実質的に医療を受けられないリスクが高い。公的な医療ヘリも存在するが、人口の多い沖縄本島中南部及びその周辺離島が主な守備範囲である。メッシュサポートでは、中古の機体を使ったり、サービスを簡素化したりと、コストの抑制に努められているが、それでも年間1億円ほどの運営資金が必要になる。沖縄では地元経済界や市民などが幅広く支援しており、募金箱も各地に設置されているそうだが、それでもこのままでは春先に資金が底をつき、ヘリの運航を休止せざるを得ないという。

その他、我々がこれまで支援させていただいてきたNPO法人はほぼ例外なくそうであるが、深刻で看過できない社会問題でありながら、資本主義・民主主義が仕組みとしてすくい上げることのできないニーズに取り組んでおり、それだけに成功へのハードルが高い。非常にざっくりと定義してしまえば、資本主義は経済合理性の論理、民主主義は数の論理である。パレート最適、多数決、最大多数の最大幸福…、いずれも同じような仕組みであり、それが近代における社会的な意思決定の速さと納得感を形成してきた。一方、少数の人間の生死にかかわる問題、人権にかかわる問題は、どちらの論理でもケアされない。法律で保障しようにも、結局は民主主義の論理の中で課題提起されなければ、環境整備されない。例えばポラリスが取り組み人身取引の問題に社会的支援を得るための最大の壁の一つは、問題の大きさ(被害者の数、発生件数など)が把握できないことである。法律・社会基盤が弱いから被害者が支援されず、実態が分からない。一方で被害者の数が分からないから、公的な対策を講じる意思決定が行えない。そしてたとえ数が分かっても、メッシュサポートのように、相対的に小さい問題として公的な援助がなされないという場合も存在する。結局は個別の人間の善意と良心による援助によるしかなく、したがってNPO法人が活躍している。

これを「資本主義・民主主義の限界」として批判することは簡単だが、それでは現実的な解にはならない。とりわけ、資本主義社会での勝ち方・生き残り方を考えることを生業としている我々経営コンサルタントとしては、何とかこの今の世の中の仕組みで、そうした社会問題に光があたり、対策活動が継続・拡大するための筋道・枠組みを考えなければ、プロボノをやっていることにならないだろう。また、私個人のバイアスとして、性悪説に立っており、また学生時代に唯物史観に傾倒したこともあって、人の善意に頼るというのは長続きしないと思っている。実際に、我々がこれまでに支援させていただいたNPOの中でも、最も事業として上手くいっているのは、フローレンスのように、資本主義という社会の仕組みと上手く折り合いをつけたビジネスモデルや戦略を遂行している団体の皆様である。

NPOを引っ張る社会起業家の皆様の熱い思いが水泡に帰さないためにも、新たな社会のかたちに目を向けつつも、とりあえず今の社会の仕組みを前提として、社会問題解決のため、今年も小なりともお手伝いができれば、と思う。



愛する母校の衝撃的なニュースが…。

「京大二次試験問題 ネット掲示板に投稿」

投稿した受験生は当然「悪い」し、それにシタリ顔でソッコウ解答する人々も是非その労力をもっと健全な方法で社会のために活かしていただきたいものであるが、民生インターネットが普及し始めてもうすぐ20年、この手の対策を怠っている大学側も、大いに批判されるべきではないか。
インターネット上の「書き込み」で長期独裁政権がごろごろ倒れる時代である。「受験生には携帯電話の電源は切ってかばんの中にしまうよう指示している」では済まされないだろう…。

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PROFILE
HN:
Shintaro
性別:
男性
職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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