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「 Private Equity 」
卒業後の進路について、このところずっと思い悩んできたが、自分を送り出してくれたコンサルティング・ファームに復帰することに決めた。

このブログでも書いてきたように、夏にインターンでお世話になったPEファームは、プロとして挑戦していくには非常にやりがいのある環境に思えたし、そこで働く人々も非常に優秀で、5年前に鉄道会社からコンサルティング・ファームに移ったときのような新鮮な驚きと感動があった。また先方からも非常に高く評価していただき、経済的にも極めて魅力的なパッケージを提示していただいた。何より、卒業後にすぐ日本に戻るのではなく、ボストンで1年ほど「修行」する機会を提案していただいたことには、非常に大きな魅力を感じた。インターン中のサポートも含め、心から感謝している。

しかし、やはりコンサルティングに戻ろうと思う。

自分が世界トップ5に入るPEファームのボストン本社で、自分の部屋を持って米国人の部下を指揮しながら米国企業への投資を検討し、親の退職金に匹敵するような年収をもらう、ということなど、ついこの間までは想像も出来なかったことであるし、コンサルティング・ファームに入るまでは、そんな世界を知りさえしなかった。そこに至る道を得るような立場になれたのは、家族や周りの人々の支えもあるが、やはり貴重な成長の機会を与えていただき、プロとして鍛えていただいたコンサルティング・ファームおよびその顧客企業のお陰、というのが一番大きい。そこでは、「結果を出す」「顧客企業を変革する」ということを耳にタコができるほど聞かされてきたが、それがどういうことで、具体的にコンサルタントとして何をすればいいか、そうしたことが何となく見えてきて、「私はコンサルタントです」と名乗って余り恥ずかしくなくなったのは、米国に来た日から遡ること1年にも満たないように思う。つまり、プロのコンサルタントとしてバリューを出してきたと思えるのは、ビジネススクールの在学期間よりも短い、ということである。ここで辞めてしまっては、育てていただいたファームや顧客企業の皆様に申し訳が立たないのではないか、と思う。
人類初の宇宙飛行士であるガガーリンは「大切なのは、人に必要とされること」という言葉を残している。
また、史記には、「士は己を知るもののために死しても可なり」という言葉もある。
今、PEファームの人々、およびその投資先(+投資先候補)の企業の人々と、かつて所属していたコンサルティング・ファームの人々、およびその顧客企業(+顧客企業候補)の人々と、どちらが私をより「知って」くれていて、どちらが私をより必要としていくれているか、と考えると、前者であるとはいいがたい。

また、私がプロフェッショナル・ファームでの仕事を選んだのは、自分の成長という目的のほかに、組織やその中の政治的な立場に依存しない生き方をしたかったからであった。カナダの生理学者で、ストレス学説の提唱者であるハンス・セリエは、「ストレスとは、他に依存することによって生じる精神的な束縛感、重圧感である」と言ったそうだが、まさにコンサルティング・ファームにおいては、そうした意味での精神的な束縛感、重圧感がない。もちろん、高いフィーを支払っていただいている顧客企業に対して感じるプレッシャーはあるが、実際に複数の業界・企業で「結果」を出した経験と、それに基づくスキルがあるため、「結果が出るかどうかは顧客企業次第ではなく、あくまで自分たちプロの仕事次第」と割り切ることが出来、「他への依存」が少ない。従って、気持ちの悪いストレスがない。
インターン中は、これがどうしても払拭できなかった。投資案件が獲得できるかどうかは市場次第、投資先候補としてあげた企業の考え方次第であるし、投資が実行できるかどうかも金融市場次第、また実際にリターンが出るかも、投資後5年ほど経ったときの市場環境に左右されるところが極めて大きい。ファームの中においても、誰と一緒に働くか、による仕事のやり方や成功確度の差が非常に大きい。結果として、さほど忙しくないときでも、何ともいえないストレスを感じていた。

そして何より、大げさな話になるが、少なくとも今の日本において、私が何をすることが世の中のためになるか、を考えると、コンサルティングに従事することが使命なのではないか、と思う。かつての日本海軍を率いた山本五十六が学生に講演した際に「どこまでも気を広く持ち、高遠なる所に目標をおいて、日本のため進んでください」と語っている。私はまだ「高遠なる所の目標」がはっきりとは見えていないのかもしれないし、数年後の環境においては、PEファームこそが自分の能力を日本のために役立てる場なのかもしれない。しかし今の環境では、コンサルティング・ファームが、自分が成長しつつ、自分の力で日本に貢献できる場ではないか、と思う。

今後10年経ってもコンサルティングをやっているのか、と問われれば、それは全くわからない。上記に述べたような前提が変わる可能性が大いにあるからである。ただ今は、自分の進むべき道はそこにあるように思う。子供の教育など、家族のことを考えると、何が正解なのかまたわからなくなってしまうが、幸い妻も応援してくれているので、ここで決心を固めることにした。

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6月9日から10週間に及んだPEファームでのインターンが本日終わった。明朝には早速東京を離れ、ボストンに戻る。

前半のボストンでのインターンで学んだことは、7月12日の記事で総括したとおりである。
また、東京で感じたこと、学んだことについても、8月8日の記事8月11日の記事で触れてきたが、改めて振り返ると、前半と後半で経験したPE投資のあり方は、想像以上に違いが大きかった。もちろん、お世話になっていたのはグローバル・ファームであるし、ゆえにその活動を貫く価値観や文化、投資や分析のアプローチといったものは共通しているのだが、如何せん市場が大きく違った。
PE投資はそのプロセスに沿って大きく以下の4段階に分けられる
① 案件創出
② 投資(含む投資検討)
③ 投資後の企業価値向上
④ 売却
このすべてのステップにおいて、日米の投資環境にはさまざまなレベルの差があった。

まず①であるが、米国ではこれは一義的にはPEファームの仕事ではなく、投資銀行の仕事である。投資銀行が、PE投資を受け入れる価値のありそうな会社を見繕い、会社側マネジメントに働きかけ、提案をまとめてPEファームに売り込んでくる。それで投資が行われれば彼らにはフィーが落ちるわけで、立派な提案型営業である。また会社の経営者や大株主もPE投資の意義をある程度理解していて、会社の業績が好調で株価も高い時期に、自ら積極的に売りに出たりする。私がボストンの事務所でお世話になった5週間の間に携わった3つの案件は、すべて投資銀行経由での持ち込み案件であった。
一方で日本では、こうした投資銀行経由で持ち込まれる案件は極めて少ない。案件の絶対量が不足しているのか、投資銀行の力量がイマイチなのか、投資銀行のPE部門が掻っ攫っているのか、私がお世話になっていたファームに案件が来ないだけなのか、原因は定かではないが、国内企業とのパイプは圧倒的に国内銀行に握られていて、それら銀行が投資銀行業務の強化をうたう一方でPE投資の斡旋など口が裂けてもしない、というところがボトルネックではないかと思われる。また、その根底にある問題でもあり、案件の絶対量の不足にも繋がっているのが、企業側に根強く存在するPE投資への不信感だろう。ハゲタカファンドといわれた一部のバイアウトファンドの所業や、村上ファンドの存在などが過去クローズアップされたため、止むを得ない部分もあるかもしれないが、そもそも株式持合いや、あるいは相撲のタニマチに代表されるように、「金は出すが口は出さない」のが良い投資家とされている風土そのものが、資本主義として幼稚なのではないかと思ってしまう。
結果として、この部分でPEファームが主体的に果たさなければいけない役割は大きい。つまり自ら投資対象足りうる会社を探し、伝手を探して会社に提案し、投資まで持っていく、という努力を相当しなければ食っていけない(わずかにある持込案件にはほぼすべてのファンドが殺到するため、価格競争になってとても割りにあわない)。見方を変えればこれは日本におけるPE投資の面白いところでもある。特に、上場規準の甘さから未だにオーナー系企業が多く上場している日本の状況を鑑みると、そうしたオーナー経営者と「握る」ことができれば、独占的な投資に持ち込むチャンスも少なくはない。

次に②であるが、この側面についてもいろいろな点で日本は米国に比べて難しい。まず、投資の妥当性を診断するデューデリジェンスの過程において、投資候補先企業から必要なデータが出てこない。当該企業の非協力的な姿勢が原因である場合もあるが、データそのものが存在しない場合も多いようである。また、デューデリジェンスやその後のファイナンス・ストラクチャーを検討する上で頼みうるプロフェッショナルが少ないのも辛い。特に企業買収を扱えるような大手の弁護士事務所は国内に3社しかなく、オークションになった場合などは、出遅れると弁護士事務所の手当てがボトルネックとなって参加できない、という事態もよく起こるらしい。

③についても、日本の方が手間がかかる。最大の原因は、取締役会が協議・意思決定機関として機能していないことにあるだろう。
米国における投資先企業のモニタリング、意思決定への関与は、取締役会に出ていれば最低限の任を果たすことができるようである。もちろん根回しその他の行為は日本のように行われるが、取締役会の議事次第には、経営に関する重要な議題が含まれているし、そこは議論の場として機能していることが多い。要するに、コーポレート・ガバナンスが機能している会社が多い、ということであるし、機能していない会社に投資した場合も、それが機能するように改善することはそれほど難しくない。
しかしながら、日本では、取締役会(あるいはそれに類する経営上の最高意思決定会議)は、株主総会もそうだが、「シャンシャン」が美しいとされるし、基本である。取締役会で、上程者に対して「鋭い質問」でもしようものなら、逆にアホ扱いされるだろう。もちろん、組織はどこかで意思決定しなければならないので、実際はこれに変わる会議なり、意思決定のグループなりが存在するのだが、これがあまりにも非公式であったり、組織に散在していたりして、外部からはなかなかわかりにくいし、わかったところでそれを解散させたとしても、これはもうハードの問題ではなく企業文化の問題なので、本質的にはなかなか変わりにくい。かつてコンサルタントとして関わったある企業でも、取締役会や経営会議と呼ばれる会議がまったく機能しておらず、よくよく調べてみると、幹部の朝のコーヒータイムのような非公式な集まりで、書類もないまま重要事項が雑談のように語られ、異論が出なければ「了承」とされていた。この手の会合は、もともと公式に存在しているものでもないので、廃止しにくいし、廃止してもまた復活する。こうした組織体の中で、何が起きているかを理解し、意思決定に影響を及ぼして、企業を「正しい」方向に向けていくというのは、非常に手間がかかる。
もっとも、悪い話ばかりではなく、日本の組織は情報収集や意思決定に手間がかかる反面、経営判断が下るとそれを執行するための現場の力は強いことが多いので、マネジメントの手間をかければ大きな見返りを期待することもできるのではないかと感じている。この点、つまり経営上の意思決定を組織の行動にかえ、結果につなげて行くという作業は、例えば米国や中国の組織では難しい。

④の部分は、単にPE投資の歴史の差かもしれないが、日本のPE投資はこれまでの例を見る限り出口が限られている。理論的には、PE投資の出口は(1)株式公開、(2)事業会社への売却、(3)他の投資家(ファンド)への売却、という3通りがあるが、日本ではまだ(1)のパターンは現れていないはずである(新生銀行は形式的にはこの分類に含められるが、問題が多いのでここではカウントしない)。数的に多く、経済的なリターンももたらしているのは、(3)ではないか。一方で米国では、この3通りともに存在しているし、検討の価値がある。結局のところ、PE投資は出口があってナンボのものであるから、出口のバリエーションが多いというのは、それだけで良いことである。

このようにみてくると、日本の投資環境の方が、その投資の歴史の浅さと企業文化・社会風土の特殊性から、米国に比べてあらゆる面で難しそうである。
しかしながら、世界第二の経済大国で、これだけ再編機運が高まっており、なおかつPE投資の浸透度が低いとなると、マクロ的にはチャンスがあるのは間違いだろう。つまり、難しい中で、市場を啓蒙しつついかに時勢を捕まえて成功するか、という、チャレンジングな環境であるらしい。もっとも、PE投資の基礎を学ぶという点では、あまり良い市場ではないだろう。そこはボストンなり、米国の事務所で働いた方が、短い期間でみっちりと習熟できるように思う。

結局のところ、どちらがいいか、またこの業界自体に首を突っ込むべきかは、人による、ということか。


わずか5週間の日本滞在であるが、かつてお世話になった方々や友人など、様々な人々と会う貴重な機会になっている。
中でも、かつて携わった3つのコンサルティング・プロジェクトの顧客企業側メンバー・幹部とお会いすることができたのは、非常に幸運であり、ありがたかった。
皆、こちらの勝手なスケジュールにあわせようと、週末を含めて時間をとってくださり、ありがたい限りである。
会社の規模も業界も全く異なる3つの会社であるが、共通していることは皆PEファンドに投資された企業であり、我々はそのPEファンドに雇われるかたちで会社に入っていったこと。そして大幅な業績改善のための戦略・計画をおよそ3ヶ月をかけて策定し、現在その実行に取り組んでおられることである。
その経緯から、いずれの場合もプロジェクト開始当初は会社側のプロジェクトメンバーや幹部の我々に対する心象も芳しくはなく、乾いた空気が漂っていた。が、プロジェクトを通じて新たな事実が発見されたり、危機感が共有されたり、いくつかの小さな成功事例が出始めたりするなかで、信頼関係が築かれていった。プロジェクトが行われた時期によって大小の差はあるが、構造不況の業界にあって唯一増収増益を達成したり、誰も信じなかったような大幅なコスト削減を実現させたりするなど、今では各社ともプロジェクトの成果が現れている。プロジェクトに携わったメンバーや幹部の方々も、昇進、栄転されたり、長年ストップしていたボーナスが復活したりといった朗報が多く、我々にとっても嬉しいことこの上ない。

酒を飲んでいる間も、自然、プロジェクトに関する話題がほとんどである。まだプロジェクト終了から余り日が経っていない会社の幹部からは、これからさらにどう加速していくか、想定と違ったところについてどう修正していくかについて相談され、またプロジェクトが一段落して大きな成果をあげた会社の旧プロジェクトメンバーからは、次の一手を相談された。多かれ少なかれ改革に懐疑的・消極的だった人々が、成果をあげ、昇進し、次の改革を先頭に立って考えようとされている姿をみていると、本当にコンサルティングをやっていてよかった、と思う。
一方で、彼ら会社のメンバーと、彼ら会社に投資したPEファンドとの関係は、なかなか温まっているようにみえない。彼らが倒産や乗っ取りの危機を脱し、大きな変革を遂げ、企業体力を回復できたのは、PEファンドが投資してくれたお蔭だ、というのは、一面の事実である。しかしながらPEファンドのプロフェッショナルたちが彼ら投資先企業側の人間と個人的な信頼関係を築き、こうした議論と酒を交わすということは起きていないらしい。やはり、投資先企業の側に割り切れない心理的なシコリや遠慮があって、PEファンドの人間とそこまで近しくなることはできず、その点では間に立っているコンサルタントの方が、そうした人間的な信頼関係の形成やそれに立脚した変革のリードができる、ということなのだろうか。
せっかくの機会なので、直接お会いしたかつてのプロジェクトメンバーや会社幹部の方々に聞いてみた。すると、「確かに入り口のところでは、コンサルタントさんとの方が言いたいことも言えるし、関係が築きやすいが、結局は立場ではなくて人間対人間の話であって、我々は貴方がコンサルタントだったから信頼しているというよりは、一緒に親身になって我々のことを考えてくれて、力になってくれたから信頼しているだけだ」というのが大方の答えであった。勿論、多分にお世辞も入っているだろうし、信頼関係ができてしまった今だからそう言えるのかもしれないが、仮にこれがある程度本当だとすると、今のPEファンドのプロフェッショナルはまだまだ企業の変革という点では弱く、私がユニークな貢献のできる場所があるのではないか、とも思えた。

いずれにせよ、多くの意欲・意識のある方々に良い影響を及ぼし、彼らの力になれるような仕事を、今後もしていきたいと、改めて感じる機会となった。




 



発展途上市場である日本でのPE投資には、市場環境が整い、経済的リターンの追求にかなりの割合で集中できる米国とは異なり、さまざまな思惑が働いている。概略的には、以下の3点くらいに分類されるだろう。
  • 市場の開拓
  • オフィス運営の安定化
  • 撤退時のリスク管理
まず、PEファームにひっきりなしに案件が寄せられる米国とは異なり、日本では(その経済規模の割に)投資案件が極めて少ない。口をあけて待っていては、投資活動にならない。従って、PEファーム側から積極的に提案を仕掛けたり、国内金融機関や商社から案件を紹介してもらったりしなければならないが、それとあわせて重要になってくるのが、実際に投資に至った案件のもつ広告効果である。
スティールパートナーズや、以前世間を騒がせた村上ファンドのように、世間から「悪者」の烙印を押されてしまうことは、慎重に避けなければならない。日本では、「カネをもっているヤツは悪いヤツ」というような風潮がまだまだ強いように感じる。その意味では、PEファームは何もしなくても「悪いヤツ」であり、よほど慎重に世の中に出て行かないと、受け入れられない。
一方で、PEファームによる投資をまだまだどこか遠い世界の話として見聞きしている日本企業の経営者や識者を啓蒙するためには、ある程度耳目を集める投資をしなければならない。ダイエーやカネボウへの投資はその代表例だろう。つまり、リスクが大きかったり、大きなリターンを見込むことが必ずしも容易でない案件でも、マーケティング的な観点から投資の意義を見出す、という場合も多いようである。

また、どんなビジネスでも新しい市場で新しく業務を立ち上げるのに求められることだろうが、人材を発掘・採用・教育し、自社の組織を活性化させなければならない。いわゆる「鶏と卵」の議論であるが、投資のため人材獲得・オフィス運営が必要である反面、人材の獲得・育成・組織活性化のためには投資が必要である。投資とそれに伴う作業が継続的に行われていれば、人材も育つし、組織は活力をもつ。投資である以上、市場の浮き沈みの影響は受けざるを得ないし、現在のように市場の環境が思わしくない場合には、投資を控えて大人しくしていることが下手な投資をするよりも正解かもしれない。しかしながら、上記のような組織上の理由から、「今年は何も投資しない」という方針を打ち出すことは、極めて難しい。また、国内における同産業の歴史が浅いため、即戦力となりうる人材の層が市場全体に薄く、どのファームも基本的にはコンサルティングファームや投資銀行から採用した人材を2-3年教育して一人前にしなければならない。この時間と労力のかかる作業を、市場の浮沈とは別の時間軸で進めていかなければならないため、場面場面ではそのときの人材需要との間にギャップが生じてしまう。そのため、オフィスレベルの判断としては、市場環境の良くないときにでも、何らかのディールをやったほうが良い、ということになるようである。もっとも、投資規模を抑えたり、いろいろな「保険」を付けるのだろうが。

最後に、新興市場であるがゆえに、誰も日本のPE投資が今後どうなるのか、確たることを言える人はいない。もちろん、みなこの市場にチャンスがあると思うから、欧米系ファームが現地法人を設けて進出してきたり、国内系ファームが立ち上げられたりするのだが、うまくいかなかったときのことも考えておかなくてはならない。ファームにとっては、例えばファンドの組成の仕方にそれが現れる。グローバルファームの多く(恐らくカーライルを除くすべて)は、日本向け投資だけで独立したファンドを組成せず、グローバルなファンドの一部を使って日本に投資している。従って、日本での投資が思うように進まなかった場合、ファンド運営の観点からは、すぐに事務所をたたんでしまうこともできる。一方で、個人レベルでこれがどういう意味をもつかというと、限られた(かもしれない)期間の中でいかに実績をあげるかが、直接的な報酬獲得のため以上に、後々のキャリア形成のために重要になる、ということだろう。本質的には、PE投資における「実績」とは、投資案件の経済的リターンが(他社への売却や株式公開を通じて)実現することを意味するはずであるが、これには5年前後の年月がかかるため、代わりに投資したこと自体が「実績」とされる。従って、多少のリスクに目を瞑ってでも、「投資したい」というインセンティブが働きかねない。

こうした多様な思惑が錯綜し、意思決定が複雑になるのは、事業をしていれば当たり前のことだろう。かつてコンサルティングファームに移る前に働いていた日本の事業会社もそうであったし、コンサルティングに入った顧客企業も例外なくそうであった。むしろ「正しいことをしていれば/言っていればおカネがもらえる」という世界の方が極めて例外的、というべきかもしれない。しかしながら、そういう例外的な世界の方が精神的には安定するし、少なくとも自分は複雑な思惑が絡み合うなかで権謀術数を尽くして目的を達成する、というような器用な人間ではないように思う。一方で、権謀術数こそビジネス(あるいは仕事一般)に欠くべからざる要素の一つであって、それに不得手なようではまだまだガキだ、という気もする(特に最近また読んでいる司馬遼太郎の影響で、そういう思いも強い)。

自分が得手と思う世界で道を究めるべきか、自分の考えるビジネスマンとして必要な要素を身に着けるために不得手な道に敢えて行くか-。
難しい選択である。


PEファームの東京オフィスにインターンの場を移して、3週間半が経過した。
なかなか個別案件のことは書けないが、いろいろと考えさせられる日々である。

投資を受ける会社の立場に立った場合、PEファームの投資を受ける理由は、会社側の意図と無関係な敵対的買収や投資家間の売買を除くと、以下の6つに分類されると思う。

①会社再建
②創業者およびその一族による事業継承
③大企業の一部事業切り離し
④敵対的買収への対抗(ホワイトナイト)
⑤長期的な成長戦略のための経営の自由度確保
⑥他社買収のためのパートナーシップ

①は、今年はまだ記憶にないが、昨年頃までの日本市場でよくみられた形態である。代表的なところでは、長銀(新生銀行)、東京スター銀行、(最近話題の)すかいらーく、フジタなどがこれに該当する。その他、ダイエー、カネボウなど、産業再生機構が関係した案件も、機構の名前が指すとおり、このカテゴリーに分類されるだろう。
これは、バブル崩壊以降、放漫経営が祟って二進も三進もいかなくなった企業に対して、あっさり倒産させてしまうと社会的・金融的インパクトが大きい場合に、逃げ道としてファンドが活用されたパターンで、90年代後半から日本に投資ファンドが入ってくる際の大きな切り口となった。
そういう意味では、歴史の浅い日本のPE投資においては最も「伝統的」な投資パターンであるが、その顛末をみている限り、本質的な意味でファンドが企業の「再生」に貢献し、またそれがファンドにとっての主たる収益源になった例というのは、なかなかお目にかかれない。多くの場合、「倒産させては元も子もない」と思っている関係者や市場の素人っぷりに付け込んで、破格の保証を国につけさせたり、あきれるほどの債権放棄を銀行にさせたり、驚くような条件の優先株を発行させたりと、要するに企業の再生如何に関わらず絶対にファンドが儲かる仕組みの上に投資が実行されている。世に言う、「ハゲタカ」型投資である。おいしい時代に日本の国や金融機関がカモにされたとしか言いようがなく、またたちの悪いことにそうしたファンドには国や金融機関のエラい人が一枚噛んでいたりして、確信犯的なニオイのする場合も少なくない。最近では、こうしたおいしい案件が少なくなってきたこともあり、特に産業再生機構絡みの案件を引き受けた国内系ファンドなどは、文字通り投資先企業の再生・価値向上による投資先とファンドの共存共栄を謳っているが、それで本当に企業が再生してファンドに十分なリターンが出るかどうかの結論をみるには、あと数年待たなければならないだろう。

②は、創業家が経営権も握っている(所有と経営が一致している)上場企業の多い日本に特徴的な形態でもある。オーナー社長が、確実に一族に会社を継承するために一旦非公開化して意に沿わない株主を排除してしまうパターンや、逆に創業者一族に事業の後継者がおらず、現経営陣や新たな経営者に所有権ごと継承してしまいたい場合(中小企業に多い)などがある。この場合も、投資を受ける理由が企業の本質的な成長のための戦略的理由でないため、ファンド側としては慎重に案件を見極めないと、企業価値が向上せずリターンがでないリスクが付きまとう。

③は、産業革命以来日本経済の発展を牽引しつつ膨張してきた巨大企業グループが、国際競争の激化とバブル崩壊の影響で「選択と集中」を迫られ、増加してきたパターン。特に製造業では、売却側の企業にとっては非戦略部門でも、特色のある固有技術をもっていたり、ニッチ分野での強固なシェアを有していたりする場合も多く、国内外の投資ファンドが日本で最も期待する形態の一つと言えるだろう。欠点としては、そうした有望形態であるが故にファンドからの注目度も高く、どうしてもオークション(競売)になって買収価格が吊り上がる場合が多いことだろう。どんな案件でも、馬鹿げた値段で買うと、リターンがでない。

④は、ある意味でもっとも受身の、非戦略的な行動と言えるかもしれない。多くの場合、株主価値軽視の経営姿勢のために株価が極端に下がっていて、乗っ取り屋と呼ばれるようなバイアウト・ファンドや、ライブドアのような新興勢力に狙われ、慌てて「もうちょっとマシ」な買い手を探す、というパターンである。ファンドではないが、ドンキホーテに狙われたオリジン東秀が「ドンキに買われるくらいなら」とイオンに駆け込んだ例のように、結果的にシナジーが期待できる企業買収に至る例もあるが、ホワイトナイトがファンドの場合は、結局はリターンの追及が性なので、最初の乗っ取り屋がやろうとしたことに近い結果になりがちであろう。

一方、⑤と⑥は、上記のような「負の遺産」に端を発する例とは異なり、むしろ前向き企業の成長戦略のために積極的にファンドを活用するパターンである。

⑤は、短期的な株価の下落や、大きな投資(設備投資や研究開発、企業買収)に伴う収益悪化を伴いそうな抜本的かつ中長期的な成長戦略を採るために、短期的なリターンを求める株主から自由になろう、というものである。外国人株主の比率が高まり、日本人株主も「モノを言う」ようになって、益々株主の短期利益志向が強まる中、こうした中長期成長戦略に株主から「ノー」を突きつけられる可能性は高まっている。また株価が下がれば、④のパターンで議論したような乗っ取り屋に蚕食されるリスクにも晒される。ならば、と非公開化に踏み切る企業は、ここ5年ほどの間にいくつかの例がみられた。そして自社だけでは非公開化のノウハウがない、などの場合に、ファンドが入る可能性もある。米国ではそれなりにあるパターンながら、これまで日本でこのパターンの案件が行われた記憶はない。

最後に、⑥であるが、特に成熟産業で国内での成長が見込めず、一方でキャッシュがそれなりにある場合などで、ファンドのネットワークとノウハウを借りて海外プレイヤーの買収を仕掛けよう、という例などが該当する。例えば製鉄業では、ミタルが野心的な買収を繰り広げる中、新日鉄もブラジルの大手プレイヤーに出資をしたが、わずか1.7%の議決権を握ったに過ぎない。これをファンドと手を組むことで、一気に大きな範囲の議決権を取ってしまおう、というパターンである。

要するに日本では、①~④に挙げたような、「負の遺産」の清算という文脈の中での投資が、少なくともこれまでのところはほとんどであった。従って、案件としても玉石混交、というよりはむしろ「石」の方が多かったであろうから、リターンを出すためには、競争原理が働かない環境下で、良くわかっていない、あるいは切羽詰った人たちを相手に法外な条件で買収を成立させて、市場が勃興してきたのをみて参入してきた他のファンドや外資系企業、新興企業に売り抜ける、というパターンが主とならざるを得なかっただろうし、実際それが多かった。

今後はどうか。
良いニュースは、日本企業も少しずつファンドの使い方が旨くなり、⑤⑥のような案件や、そこまで行かなくともより積極的なかたちでの③のような案件が出てきていることだろう。
一方で悪いニュースは、案件の増加を上回るペースでファンドが数・金額ともに増えすぎて、価格競争が過激化していること。また金融機関の業績悪化にともなうクレジットの縮小で投資に伴う借入が難しくなり、ファンドとしてのレバレッジがきかず、リターンが減る、ないしはそもそも投資ができない、ということが挙げられるだろう。

つまり、数年前のようにおいしい仕事ではない、ということである。
恐らくこれは、ちょっと齧った程度のインターンでも気づくことなので、日本でこの業界に関わっている人であれば、多くが気づいていることだと思う。
問題は、気づいてからどうするか、ということ。
トヨタが燃料高に伴う需要縮退を踏まえて生産調整に踏み切ったように、市場環境が思わしくないから投資の手を緩めます、というふうにはなかなかいかないのが、この業界の辛いところではないか、と見える。
もともと、グローバルファンドの日本事務所であれば、これまで年間1-2件の投資を実行していれば立派なものなので、これを減らすとなると、1年間投資をまったくしない、ということになる。これは、経営的にも組織運営的にもなかなかできるものではない。ファンドというのは、どんなに環境が悪くても、投資せざるを得ない。投資すれば損をするかもしれないし、儲かるかもしれないが、投資しなければ絶対に儲けがでないからである。また、組織のスキルやモラル向上のためにも、実際の投資をある程度行っていることは必要条件だろう。せいぜいできることと言えば、投資案件の最低規模を小さくして間口を広げ、より広いスコープの中でマシなものを選ぶ、というくらいだと思われる。
更に問題を複雑化しているのが、ファンドで暮らす人々のインセンティブのあり方。案件からの実際のリターンではなく、いくら・何件投資をしたかが評価の重要なウェイトを占めているファーム・個人が存在するので、環境が良くないことは知りつつも、何でも取りに行ってしまう。

こうしてみてくると、PEファームの日本経済における意義はなくならないし、まだまだこれから必要とされる存在であるのは間違いなさそうである反面、これまでのやり方で濡れ手で粟をとっていたような人々は、今後1-2年のうちに市場から退場させられることだろう。
そしてファームとそこに関わる人々の数が適正化され、金融機関のキャパシティーも戻ってくると、また投資のチャンスが再生してくるのだと思われる。
それが何年先になるのかは読みきれないが、少なくともあと1年は、ビジネススクールで世の中から退場しているのが、結果的に良さそうである。



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職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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