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在る偏屈者による半年遅れのMBA留学日記、そして帰国後に思うこと
 前参議院議員の武見敬三氏の講演があったので、聴講してきた。

民主党が勝利した前回の参議院選挙において全国比例区で18万5千票を集めるものの次点落選し、現在はハーバード大学医療財政研究所で客員研究員をやられているとのこと。ボストンには本当にいろいろな人がいる。
日本医師会元会長の息子さんであり、麻生太郎首相とも血縁関係にあるとのことで、また自民党の得意な血縁議員かと失礼ながらあまり評価していなかったが、お話を伺って、見識の高さ、論理展開の明確さ、お話のわかり易さ、緩急などに驚かされた。日本の政治家には珍しいほどの分析力、論理力とお見受けした。
講演の内容は、小泉改革に端を発した自民党内のパワーバランスの変化、国民の間での政治論点の変化、それを踏まえた民主党の政権奪取戦略、自民党の生存戦略を分析し、今後の政界再編の可能性と意義について解説するというもので、時間を感じさせない、非常に面白く、それでいてわかりやすいお話であった。

以下、いつもながら簡単に要旨を書いておく。
  • 小泉政治は改革的な国内政策を独特の政治手法で推し進めたが、その裏では国民生活を疲弊させた。一方で旧橋本派を中心とする自民党の既存の派閥力学を破壊し、森派を最大派閥として君臨させる反面、伝統的な自民党支援団体の衰退と離反を招いた
    • 政策的には、財政緊縮路線の改革的国内政策、それを支える財務省との緊密な連携(麻生政権はこれが弱く、序盤苦労する)。一方で外交・安全保障政策は極めて保守的(日米同盟重視、靖国参拝など)
    • 飯島秘書官が支えた新しいメディア手法(これまで注目されなかった雑誌媒体の活用、勧善懲悪的構図による政敵への国民批判の扇動)
    • 「自民党をぶっ壊す」の意味は「橋本派をぶっ壊す」。言い換えれば角福戦争の福田系派閥によるリベンジ
      • 橋本派議員は小泉政権下で100人から69人に激減。一方で福田系の森派は58人から88人に激増(「チルドレン」を入れると実数100名以上)
      • 一方で自民党の伝統的支援団体の窓口は代々田中系の派閥(=橋本派)が担ってきたため、これが衰退したことで自民党支援団体の衰退と離反が進んだ
    • 社会保障サービスの弱体化(医師数削減、医療費補助削減)、地方格差拡大による国民の改革疲れと反発(人気のある小泉氏が首相から退いた後噴出)
  • 民主党の政権交代戦略は、小泉改革に対する国民の疲れ、年金制度・社会保障問題への自民党の対応のまずさを突き、労組の支援もあって序盤は成功。しかし小沢代表公設秘書政治資金規正法違反問題がボディーブローのようにきいてくる
  • これに対する自民党の生存戦略は、当初は国民に人気のある人物をリーダーに担ぐことであったが、現在は景気対策にシフト。外交上の追い風もあり、徐々に効果をあげている
    • 極めて大型、攻めの景気対策。小泉政権以来の緊縮財政路線の実質棚上げ
    • 官邸機能強化(内閣人事局設置法案等)による政策自由度確保
    • オバマ政権による自民党へのテコ入れ北朝鮮ミサイル問題などの外交上の追い風は、麻生政権にとって極めて大きい
      • オバマ氏は100カ国以上の首脳が会談を希望する中で麻生首相と最初に会談
      • ヒラリー氏と会談まで行ったにも関わらず、その後「米軍は第7艦隊だけでいい」というような外交上の方針を変える発言をした小沢氏の「失策」も、米国による自民党のテコ入れを後押し
    • 武藤元次官の安全安心確立会議への取り込みなどによる財務省との妥協の成立。補正予算の財源をどう確保するかが注目される
  • いずれにせよ、ねじれ解消を推進力として、再編(or大連立)の可能性は極めて大きい
    • 次の衆議院総選挙が大きな歴史的転換期となる
    • ねじれ解消の方法としてとりあえず大連立で逃れたとしても、長続きはせず、いずれ政界再編に至る
    • 第一期の再編は次の衆議院総選挙と来年7月の参議院選挙の間に起きる
  • 政界再編の意義は、行政府が突出した三権分立体制のバランス再構築(立法府の役割拡大)であり、より本質的(理想的?)には、日本社会の将来目標、国際社会における在り方、天皇制の役割の再設定の機会。明治の時代に匹敵する大きな転換期といえる

各論の賛否はともかくとして、氏ご自身の世界観、鳥瞰図をお持ちであり、またそれを冷静・論理的に解説されるところに感銘をうけた。良い意味で、日本の政治家には稀有なのではないだろうか。その点をご本人に伺うと、論理的な政策立案能力だけでは政治はなかなか動かない、優れた政治家は人の心の機微のわかる力と決断能力が必要だ、とおっしゃっていた。ご尤もなのだが、「(地元の)人の心の機微のわかる力」だけで政治家をやっている人が多すぎる気もやはりする。
また政界に復帰されて、日本政治を少しでも良い方向に牽引していただきたいと思った。
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今日はSloanGear最後のロビーセール。
昨年5月に会社をスタートさせて以来、大小あわせて都合11回目のセールである。
長かったような、短かったような。
もっとも、今日の結果次第では、4月中にもう一度ロビーセールをやる必要がある可能性もあり、本当に今日が最後かどうかはやってみないとわからない。というのも、今日一日で約4,000ドル以上売れなければ、諸々の背景から設定された財務目標を達成できず、それが達成できるまでもう一度やらなければならないからである。昨年の4月のロビーセールスが約2,700ドルの売上に留まったことを考えれば、これは結構ストレッチした目標である。

普段よりも大きな、そして去年よりも大きな売上を達成するための武器は、過去10回のセールで一度もやらなかったような幅広い商品に対する値引きと、米国人スタッフ一押しの新商品、そして「これで最後だから買ってよ!」という同級生へのお願い作戦である。果たしてこれでどこまで行けるか-。例によって雨の中(11回のセールで雨が降らなかったのは1~2回だけ)、セールスタート。

果たして蓋をあけてみると、非常に好調な滑り出し。
昼休みは文字通り黒山の人だかりで、接客が追いつかないほど。あっという間に売上は$2,000を突破。
その後も休み時間のたびに多くの学生が立ち寄ってくれて、在庫を入れたダンボール箱が次々に空になっていく。やっと仕事が決まった、確定申告で税金が返ってきた、などと言いながら、今までどんなに売り込んでも買ってくれなかった学生も、数人購入してくれた。何より、今年のチームは良くやったと思うよ、というような賞賛の言葉をもらうと、もちろん多分にお世辞だとは思いながらも、やはり嬉しい。

そして夕方6時、セール終了。
何と売上は$5,000に達しようとしていた。
文句なし、目標達成!
一年間のロビーセールの合計売上は、昨年のそれを16%も上回ることとなった。
この不況下、ありがたいことである。
頑張ってくれたチームメンバーはもちろんのこと、これを支えてくれた顧客であり友人であるMBA学生のみんなに、大感謝。

他人にものを売ること、そのために商品、価格、陳列などを考えること、
チームの目標を設定すること、チームを鼓舞すること、自分を鼓舞すること、
本当に色々と勉強になった。

あとは無事に会社が次のクラスの学生に売れることを祈るばかりである。




 無事ボストンに帰還!
といっても、アフリカから帰ってきた我々のことではない。
友人の、ある日本人女性のことである。

名前をAさんという。
スローンの同級生でSloanGearのメンバーでもあるマレーシア人のWK君と予てより交際していた彼女は、昨年の夏にボストンにやってきた。我々家族としても、二人が我々と同じWestgateに住むというので、大歓迎だった。一部上場大手企業を退職しての渡米であり、勿論WK君との将来も真剣に考えてのことだろうが、正式に配偶者ではないためビザが取得できず、彼女は3ヶ月以内滞在OKのビザなし渡航プログラムを利用して滞在していた。良くある話であり、3ヶ月ごとに一度米国から出て入国し直せば、また3ヶ月間は滞在できる。彼女も同様に考え、昨年の11月だったと思うが、一度フランスに渡って数日を過ごした後、ワシントン経由でボストンに戻ろうとした。ところが、ワシントンの入国審査で色々と難癖をつけられて入国を許可されず、乗ってきたパリからの飛行機に押し戻されて、強制国外退去となってしまったのだ。
仕方なく独りでボストンに戻ってきたWK君から事情を聴いたときには、信じられない思いだった。それからWK君は、何とか状況を変えるために精力的に動き回ったのだが、それからまた信じられない事実に直面する。まず米国在住歴の長い外国人スローン生に相談すると、皆それぞれに弁護士を紹介してくれた。彼らが皆、弁護士を雇っていること自体驚きなのだが、紹介されるのはただの弁護士ではなく移民・出入国問題専門の弁護士。皆専門分野に応じて複数の弁護士と付き合っているのである。そしてこういう専門弁護士がいること自体、こうしたトラブルがいかに多いかを暗示している。また何か力になってくれないかと、ボストンの総領事館にも言ってみた。結論としては既に国外退去になってしまった以上総領事館としては何も出来ないということだったのだが、驚いたのは日本人が入国審査で米国入国を拒否されるという「事件」は、年間約6,000件も起きているということである。これは米国だけでなく日本を含めほとんどの国でそうらしいのだが、入国審査官というのは入国可否判断において全権に近い強力な意思決定権限をもっており、彼らがクロといえばクロであり、一旦クロと言ったものを覆すことはほとんど不可能らしい。

そんなわけで、WK君とAさんは暫く離れ離れとなり、WK君はスローンが冬休みに入るとすぐに日本に向かい、Aさんのご両親に謝罪(もちろんWK君が直接悪いわけではないのだが)。二人は意を決して冬休み中に入籍、それを踏まえてAさんは学生配偶者のビザであるF2を申請、通常より随分と長い審査・手続きを経て3月末にやっとビザが交付された。そして東部時間の昨日、遂に日本を出発。万が一に備えて荷物は客室持込のみとし、入国審査を受ける経由地も縁起の悪いワシントンは避けるという「万全」の構えで臨み、無事国境を通過、今晩晴れておよそ5ヶ月ぶりにボストンの地に降り立ったのである。

結果だけみれば、雨降って地固まる、で、二人の関係はこの一件を経てこれ以上ないくらいに強くなったし、また二人で一緒に暮らすことができるようになったので、それはめでたいのだが、それにしても我々外国人の生活の不安定なことか。基本的には米国に歓迎されているわけではなく、我々が許可された滞在目的以外に一切余計なことをするつもりがなく、許可された期間内に必ず退去する、ということを立証できなければ、有無を言わせず摘み出されるのである。不条理というか、なんとも恐ろしい話である。

ともあれ、Aさん、お帰りなさい。
そして、ご結婚おめでとうございます。



10日間のタンザニア旅行の最終地は、インド洋に臨む静かな浜辺。
Pongwe Beach Hotelという地元資本の小さなリゾートホテルである。
白い砂と青い海、それ以外に何もないが、それだけで十分贅沢。米国からアクセスの良いカリブ海の島々に訪れたときも、海の青さに感動したが、ここにはそれに加えて、過度の商業主義から離れた、素朴で上質な時間があった。
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ザンジバル島は基本的に沖縄に似たサンゴ礁の島であるが、特に島の東側は海岸線から300-500mくらい沖をサンゴの岩礁が覆っていて、浜辺は遠浅で非常に穏やか。干潮時と満潮時の海岸線が大きく異なり、毎日午前中の干潮時は、部屋の前の浜辺から随分沖の方まで歩いていける。満潮時は完全に水に沈んでしまう沖合いの浅瀬で、地元の女性が海藻を採っていた。麻袋にいっぱいの海藻を頭に載せて歩く姿は、絵のようである。
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澄んだ水には稚魚やヤドカリ、カニなどがいて楽しい。娘もちょっと怖がっていたが、綺麗な貝殻を拾って喜んでいた。
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プールも、外資系リゾートホテルのように巨大ではなく、こぢんまりとしているが、海側のプールサイドが掛け流し式になっていて、開放感がある。
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プライベート・ビーチとなっている浜辺への侵入者を防いだり、犬などの動物を追い払ったりするために、常時警備員が見張っているのだが、雰囲気を壊さないようにという配慮か、昼間はマサイ族の衣装を着た男性が巡回している。我々が見てきたマサイの人々に比べると大柄で頭の形も多少違うような気がしたので、どこの出身かと聞いてみたが、マサイ族で出稼ぎに来ている、と言い張っていた。まあそういうことにしておこう。

このホテル、出来てまだ10年にもならないとのことだが、東海岸でホテルを建てる場所を探していたオーナーが土地を購入したときは、茂みの中に古びたバンガローが一軒ぽつんと立つだけの土地だったらしく、購入価格はたったの300ドル。ライフラインは皆無の土地なので、自家発電装置を設置し、海水の浄化装置を設置し、整地をして建物を建て、徐々に今のかたちになっていったそうだ。建物のレイアウトは、サンゴの岩がごろごろする自然の景観を上手く活かして作ってある。一方で、周囲は未だにほとんど何もない土地。ホテルから車で2-3分も走ると、地元の人々が住む家が見えてくる。どこも電気は通っておらず、家も朽ちかけたようにぼろぼろである。

このホテルに代表されるように、今回の旅行で我々が見てきたアフリカは、アフリカの中の非常に安全で恵まれた環境の場所だけであり、これを見ただけではアフリカを語る資格はないだろう。それでもやはり、実際にその場所に行き、舞台装置の真ん中に自分を置いてみると、自分が知らなかった世界に驚かされ、感動する。アフリカ最初の旅行としてはそうした発見が多く、トラブルも少なく、非常に良かったのではないかと思っている。これで5年後に娘の記憶の片隅に何か残っていれば言うことはないのだが・・・、まあきっと忘れてるんだろうなあ。



ザンジバル島はスパイスで有名。
アラブ人、そして英国に支配されていた時代、奴隷と並ぶ主力貿易商品は、象牙とスパイスであった。奴隷と象牙はもはや貿易商品として取り扱われることはないが、スパイスは依然としてこの島の特産品であり、東アフリカや中東、インドなどにも輸出されているらしい。多種多様なスパイスが生産されている農園は、観光客の人気スポットにもなっている。

ザンジバル島二日目は、島の西にあるストーンタウンから、さんご礁に囲まれたビーチのある島の東側へと移動する。その移動の途中に、スパイス農園を訪ねてみることにした。昨日空港からホテルまで乗せてもらったジョンという運転手に頼んで、スパイス農園経由で東海岸のホテルまで、スパイス農園に立ち寄る分の追加料金なしで行ってもらうように話をつけた。この不景気、観光客も少ないので、お互い悪い取引ではない。

連れて行ってもらったスパイス農園は、ちょっと胡散臭さの漂う、ジャングルのようなところ。かつて農園だったが今は離農したところを、勝手に公開してカネを取っているのではないかという気もしたが、案内役として紹介された男はそれほど悪い人間でもなさそうだったので、一応信用して着いていく。
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車を停めたところから2-3分行ったところで立ち止まると、案内の男が傍らの木の葉をちぎって、匂いを嗅がせてくれた。匂いだけではわからなかったが、手にとってみると黄色い色がつく。ターメリックの木だった。容器に入った粉末のターメリックは見たことがあるが、こうして生でみると、まったく印象が違う。さらに雑木林のような周辺の歩きながら、生姜、シナモン、香水のもととなる花、口紅のもととなる植物などを見てゆく。どれもちょっとちぎって匂いを嗅がせてくれるのだが、香りの輪郭が非常に鮮やかで、清々しい。そしてどれも実際に木になっている姿を見るのは初めてのものばかり。
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コショウの実が赤いというのも、初めて知った。噛んでみたが、刺すように辛かった。
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一通り回ったところで、少量ずつにパッケージされたスパイスの販売。まあお約束なので、多少買い求める。

そうしているうちに、辺りになっているココナツの木を見ながら、この木に自在に登ってあの実を取ってくる人がいるんだが見てみるか、と案内の男が聞いてきた。折角なのでお願いすると、小柄ながら筋肉の発達した男が徐に一本の木に近づいていって、その幹にパッと飛びついた。
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そしてあっと思う間もなく、男は凄い勢いで木を登り始めた。「空を飛ぶように軽々と登っていくので、彼はミスター・バタフライと呼ばれている」ということだったが、その様子はバタフライ(蝶)というよりはサル。
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木を登りきったところでココナツの実をいくつか切り落とし、更にまだ余裕があるのか、木にしがみついたまま歌ったり踊ったりし始めた。人間業とは思えないパフォーマンスで、緊張して固まっていた娘からも笑顔がこぼれた。歌いながらスルスルと木を降りてきたミスター・バタフライは、切り落としたココナツの実を拾うと、鉈のように刃渡りの広いナイフで実の一角を切り落とし、中のジュースが飲みやすいように加工してくれた。
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炎天下にあったにもかかわらずジュースの温度はそれなりに低く、自然な甘みと多少の炭酸が溶け込んでいて、喉の渇きを癒してくれた。新しいものには慎重な長女も、面白いオジサンのススメに従って恐る恐る飲んでいたが、こちらは口に合わなかった様子。
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都合1時間ほど滞在していたが、入場料のようなものはない。案内の男やバタフライさんのサービスへの対価はチップだけなのだが、私のように日本の仕組みに慣れ過ぎた人間には、こういう仕組みはやはりなかなか馴染みにくい。一応去り際に握手をしながらそれぞれの人間に小額のチップを渡したが、渡しながら相手の顔色を伺ってしまい、どうも具合が悪かった。いっそ言われただけ払うから入場料を取ってくれ、と言いたくなる。ただ、後で運転手のジョンに聞いたところでは、彼の家族四人の一ヶ月の生活費は、家賃や子供の学校の費用など全て含めて総額600ドル、つまり単純平均で一人一日5ドル。タンザニアの中では比較的生活水準の高いザンジバルにあって、彼の家族は「中の上」クラスであろうから、多くの人は一日2-3ドルの生活というところか。そうした相場観からすれば、我々が払う「小額のチップ」も、彼らからすれば十分意味のある金額なのかもしれない。


午後3時頃、途中の酷い悪路を越えて、車は目的のホテルに到着。客室はすべて「離れ」で全16室しかなくこじんまりとしているが、全ての部屋が白い砂浜、そしてその向こうの青い海へと繋がっていて、絵のように美しい。
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タンザニア旅行の最後の2泊3日、ゆっくりと過ごせそうである。

 


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PROFILE
HN:
Shintaro
性別:
男性
職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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