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「 Others 」

昨年末に出会った金言である。
Kent M. Keithという米国の学者によって1968年に書かれた。
Mother Teresaのコルカト(カルカッタ)にある「孤児の家」の壁にも書かれてあったらしい。
詳しくは、『それでもなお、人を愛しなさい―人生の意味を見つけるための逆説の10カ条』という本を参照されたい。

彼らのような悟りには程遠いが、自戒の念もこめて、2011年のテーマとして掲げておきたい。
 


People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway.
人々は非論理的で、非合理的で、わがままである。それでもなお、彼らを愛しなさい。

If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives. Do good anyway.
もしあなたがよい事をすれば、人々はあなたの利己的な下心を非難するでしょう。それでもなお、よい事をしなさい。

If you are successful, you will win false friends and true enemies. Succeed anyway.
もしあなたが成功すれば、偽の友達と本当の敵を得るでしょう。それでもなお、成功しなさい。

The good you do today will be forgotten tomorrow. Do good anyway.
あなたが今日したよい事は、明日には忘れられてしまうでしょう。それでもなお、よい事をしなさい。

Honesty and frankness make you vulnerable. Be honest and frank anyway.
正直さと率直さはあなたを脆くする。それでもなお、正直かつ率直でありなさい。

The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds. Think big anyway.
大きな考えを持つ大きな人物は、小さな考えを持つ小さな人物に足を引っ張られるだろう。それでもなお、大きく考えなさい。

People favor underdogs but follow only top dogs. Fight for a few underdogs anyway.
人々は判官びいきが好きだが、強者の後にしかついていかない。それでもなお、弱い者たちのために戦いなさい。

What you spend years building may be destroyed overnight. Build anyway.
あなたが長年築き上げてきたものも、一晩にして破壊されるかもしれない。それでもなお、築き上げなさい。

People really need help but may attack you if you do help them. Help people anyway.
人が本当に助けを必要としていても、実際に助けるとその人はあなたを攻撃するかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。

Give the world the best you have and you'll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway.
世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちをうけるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさない。




 

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2010年が終わろうとしている。
今年は、米国留学から戻って初めて通期で過ごした一年となった。
その間に、期せずしてボストンを再度訪れる機会を得たり、スローンで学んだ理論・ツールを実際の仕事の場で使う機会があったりと、米国での経験を思い起こさせる機会は幾度かあったが、基本的には予想通り、あの2年間の記憶は確実に遠い昔のこととなりつつある。ただ幸いなことは、それが単に時間による風化というわけではなく、年の前半に大きなプロジェクトを率いたり、NPOへの無償コンサルティング支援を通じて社会問題を学んだり、シニアマネージャーとしての研修でかつて訪れたスコットランドを再び訪れたりと、新たな学びと成長の機会を質量ともに豊富に得られたからだ、という点であろう。恥ずかしながら、留学で学んだ小手先の技術やツールは確実に忘れつつある。しかしながら留学から戻ってからも、自分の成長の継続を感じられるのは、非常にありがたいことだと思う。そして何よりも、今年は思いもかけないかたちで、留学を通じて自分が多少なりとも成長したのでは、と思える証左を得ることができた。所属する事務所で、若手の成長に最も貢献したマネージャーとして、若手の投票で選ばれたのである。我ながら、若手にもベテランにも、比較的言いたいことを言わせてもらってきた。若手の望ましくない行動にはそれなりに厳しく接してきたつもりだし、決して「優しい」マネージャーではなかっただろうと思うが、このように皆から評価してもらったというのは、留学で学ぶべきことの一つの大きなテーマとして掲げた、コーチングスキル・チームワークの向上が、多少なりとも実現できたものと、勝手ながら喜ばしく思っている。
最近読んだ『仕事は楽しいかね?』という本にも、「明日は今日と違う自分になる」ことの重要性が語られていたが、来年も今年よりも成長した自分になりたい、なれると、期待している。来年どのようなチャレンジが得られるか、今はまったく分からないが、まだ30代半ば、現状に安住しないことを自らに言いきかせつつ、年を越したいと思う。
皆様、良いお年を。


「素人に圧倒的な差をつけて力を見せつけることじゃないですかね」
NHKのテレビ番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、「プロフェッショナルとは」という問いに、ダウンタウンの松本人志はそう答えた。

一般にあまり知られていない所謂「その道のプロ」を含め、各界のプロフェッショナルを取り上げてその仕事ぶりや職業観に迫る同番組は、私がみたいと思う数少ないテレビ番組の一つである。今年3月に一旦終了していたが、10月に再開、その再開第一号として取り上げられたのが、松本人志であった。

こうしたドキュメンタリーで松本人志を見たことがなかったし、関西ローカルの頃から見てきた彼が何を言うか興味があったので、録画をして、番組を見た。同番組では必ず最後に、その回で特集した人物に「プロフェッショナルとは」という問いを投げかけ、彼・彼女のプロフェッショナル像を語らせて、番組を締めくくる。そこで松本の口から語られたのが、冒頭の言葉である。

番組の中身も多少冗長で、あまり面白くはなかったのだが、この松本のプロフェッショナル像には何とも言えない違和感を覚えた。それが何なのか、すぐには整理がつかなかったが、暫く考えていると、松本が「プロフェッショナル vs 素人」という対置概念から発想しているのに対して、自分は「プロフェッショナル vs 顧客」という対置概念で考えている、そういう思想の違いが違和感の正体ではないかという思いに至った。

Profession=職業と捉え、自給自足ではなく貨幣を媒介として自らの生み出す付加価値に対価を得る社会の仕組みを前提とすると、プロフェッショナルとはその付加価値を認めて対価を支払ってくれる顧客がいて初めて成り立つもの。言い換えれば、プロフェッショナルの対岸にあるものは顧客であって、素人ではない、というのが私の考え方である。一方で、プロと素人を同一線上に置いて、素人にもちえない卓越した技をもつ者をプロとする考え方は、より芸術の世界に近い。プロを玄人と訳すと尚わかりやすいか。下手な絵描きと上手い絵描き、下手な楽器奏者と上手い楽器奏者、こうした関係を素人と玄人、と捉えると、確かに松本の言うこともわかる。しかしそれは、ある意味で顧客無視の考え方に繋がりはしないか。顧客の求めているものではなく、自らの技の極みを見せられるものを追究することになりはしないか。コメディーも、顧客がいて初めて成り立つ芸である。笑う人がいないコメディーなどあり得ない。一部で期待もされた松本の映画が、結局難解で、はっきりいって面白くないものになったのも、こうした顧客そっちのけの考え方の帰結ではないか。

そんなことを思いながら、自らが携わる経営コンサルティングという仕事を含め、顧客の求めているものを提供し、顧客に対価をいただくことの難しさも、また改めて感じたりした。

ちなみに、同番組でこれまでに出演された「プロフェッショナル」の言葉のうち、私の心に残ったものをいくつか挙げておく。

「(プロフェッショナルとは)周囲に期待されていること、それから自分としてやらなければならないこと、それが満遍なくバラツキなくできること」 加藤友朗氏(移植外科医)

「(プロフェッショナルとは)自分の仕事に没頭して、更に上を目指す、今で止まるんじゃなくて、もっと上を目指すということ」 小野二郎氏(寿司職人)

「(プロフェッショナルとは)信念があって、なおかつその環境であったり、時代であったり、そういう変化に柔軟な人」 木内博一氏(農業経営者)

「(プロフェッショナルとは)課題解決のために、今までの考え方に縛られず、その時最適の方法を生み出すことが出来る人、またそのための努力を怠らない人」 牛田貢平氏(スジ職人)

「初心を忘れることなく、思いやりをもって、しっかり実践をしつつ、将来の継続進化をできていける、そういう人をプロフェッショナルというと私は思っています」 木村俊昭氏(公務員)

「(プロフェッショナルとは)どんな状況になっても全力を出し切る、出せる人」 三浦知良氏(サッカー選手)


最近、長女の小学校受験の準備にと、柄にもなく都内の小学校の受験説明会に参加している。
これまでに私だけでも3校訪問した。
最初は何となく気恥しく、乗り気がしなかったが、実際に行ってみると、いろいろと学ぶことも多い。

まず、学校ごとの特徴・特性の違いは思った以上に存在する。立地や建物などの物理的特性もあるが、雰囲気というか、感じさせられるものが大きく異なる。教室の前に掲示された児童の絵・書道・研究発表などの作品をみても、やらせていることや、出来具合には結構な差がある。説明会のアジェンダ、校長の話し方、アピールの仕方なども、お互いに研究した結果かもしれないが、それなりに違いがある。自然とそうなるのか、説明会に参加している親の雰囲気も異なる。こういうところに娘を通わせてやりたい、と心から思わせてくれる学校もある一方で、合格しても行かせたくない、という学校もまた存在する。

また、共通して気づいたことのひとつは、英語教育をカリキュラムに取り入れている学校が多いこと。海外にキャンパスをもっている学校も少なくない。そしてその内容がもったいないほど稚拙であることも、残念ながら共通しているように思われた。そもそも、長女の受験指導をしてもらっている教室の先生によると、歴史の古い「名門」小学校の場合、彼女のようなインターナショナル幼稚園の出身者はそれだけでネガティブな見方をされることも多いらしい。本当に英語力のある子どもを育てようとされているのか、あるいはどちらかというとマーケティング上の取り組みなのか、学校によっても違うのであろうが、真意のほどはよくわからない。

いずれにせよ、親としては、子どもが学ぶ上で特色のある学校が多数あり、子どもの学力上の入学可否はあるとはいえ、進路を検討する自由度(地理的、経済的な面で)があるのは嬉しい。長引く不況で現役世代の所得格差の拡大が指摘されて久しいが、こうした所得格差、首都圏と地方の格差は、教育を通じて、次の世代に再生産されていく。そうした意味では、親として、子どもの成功を約束することは不可能であるまでも、子どもに「機会」を与えることができるのは、ありがたいことである。

一方で、選択肢が多いことからくる親の苦悩、子どもの苦悩があるのも、また事実であろう。自分が子どものころは、自宅から徒歩5分ほどのところに小学校があり、毎朝制服を着た児童が登校していくのをみて、自分もその列に加わる日がくるのだと言われていたし、何の疑問もなくその姿を想像していた。しかし今の子どもにとっては、状況はそう単純ではない。実際に今の自宅からも、徒歩圏内に小学校が2校ある。週末には校庭が開放されており、娘を連れて遊びに行ったこともある。しかしながら、そこに行く、という話はこちらからしたことがないし、子どもの側も、何となく自分はそこに行かないのだと思っているようである。幼い頭脳にはなかなか理解しにくい現実なのではないか。また親としても、自分たちが子どものころにやってきたことと違うことを娘にやらせているわけで、まったく手探りであるし、自分たちのやっていることの「正しさ」に対する確信がない。悩み、考える日々である。

いわゆる「良い学校」に行ったとしても、将来の「成功」の保証にはならない。これは経験上も確信がもてる事実である。将来への補償ではなく、子どもが将来世の中のこと、自分のことを考える年齢になったときに、考える材料が多く、考えた結果とりうるオプションが多いことが、「良い学校」に行く便益であると思っている。これを実現するためには、子どもを「良い学校」に入れるだけでなく、そういう視点から学校を選び、子どもと一緒に考え、子どもを見守ってやることが大切なのだろうと思う。

炎天下の週末、汗だくになりながら3つ目の学校見学を終え、そんなことを考えながら広尾の坂道を歩いていた。


最近、日本人の若者が海外に消極的だという報道や論評、経営者のお話を聞くことが極めて多くなった。もはやそれは、ニュースではなく、定説となっているような気さえする。
 

  • 新入社員が海外に行きながらない
  • 外務省のキャリア官僚が在外公館に赴任したがらない
  • 海外で学ぶ日本人留学生が世界全体で11万人から10万人に減少した
  • 米国で学ぶ日本人学生は2000年に比べ学部生で半分以上、大学院生でも1/4以上減少した。既に3万人を割り込む一方、人口で半分に満たない韓国は7万5,000人の学生を米国に送りこむ
  • 海外旅行をする20代の日本人の数は1996年の463万人をピークに減少を続け、10年後の2006年に300万人を下回って、その後も減少の一途…

どんな角度で見ても、若者の「内向き」傾向を否定する説はなかなか見つけられない。
この理由として、不況や就職難をあげる説は多いが、90年代初頭のバブル崩壊後も、海外志向はここまで低下しなかった。
また、大前研一氏(MIT卒)が「若者のハングリー精神不足」を指摘している。曰く、
「不況とかは関係ない。かつての貧しい時代でも米国で学ぶ日本人留学生は多かった。要は海外で勉強して、日本をこう変えたいというような志の高さやハングリー精神が失われたことによるものだ」
しかしこれも、どうもピンと来ない。

私が初めて一人で海外旅行をしたのは、まさに「20代の若者の海外旅行者数がピーク」に達した1996年であった。ちょっとしたアドベンチャー気分と好奇心が動機づけであったが、自分で言うのも恥ずかしながら、ハングリー精神は別になかったと思う。またその約10年後にMITに留学した際も、「日本をこう変えたいというような志の高さ」や「ハングリー精神」が漲っていたとは、とても言えない。

私は、こうした「内向き」への変化の理由は単に、海外へ行くことのリスク vs リターン、費用対効果の標準的なバランスが変わった(あるいは変わったと皆が思っている)ことによると思っている。

海外旅行に行かなくなったのは、他にもっと楽しいことが増えたからだろう。私も初めて海外に行ったときはそうだったが、初めて挑戦するいろいろな物事の中で、海外旅行というのは金銭的にも心理的にもバリアーが高いものである。それより身近でより費用対効果の高い遊びがあれば、そちらに向かっても不思議はない。
海外に留学したり、赴任したりしたがらなくなったのは、結局のところそうした経験をした人の多くが不遇をかこっている、あるいは少なくとも、純粋国産でキャリアを歩んだ人に比べて必ずしも高い評価を受けていない、という現実観があるからだろう。例えば私が学んだビジネススクールという教育機関のランキングの一つの基準は、日本のような「入学試験の難しさ(=偏差値)」ではなく、「修学前後の給与の増加率」である。いわゆるリーマンショックで方程式が崩れ去ってしまったが、私が留学したころには、有名ビジネススクールを卒業すると、給料が概ね1.5倍になるといわれていた。中国や韓国など、米国への留学生の数を伸ばしている国々では、この倍率はさらに高くなるだろう。これが現実としての留学の期待リターンであって、日本以外の国々の若者をひきつける要素である。中国や韓国の若者の多くが、母国を変えたいという志を第一理由としてどんどん海を渡っているわけではない。翻って日本では、恐らく留学生の平均をとったときに、上述したような留学による給与の上昇率が極めて低いように思われる。そもそもの給与が高い、という要因もあるだろうが、最大の理由は、留学や海外勤務を経験した人材が、その経歴を活かして転職を含む能動的なキャリアアップを図ろうとしないことにあるだろう。終身雇用が崩壊した、と言われるが、それとて雇用者側が解雇をしやすくなっただけで、労働者側が自らキャリアアップのために能動的に職を変えていく文化が定着したかというと、少なくとも最近10年間でそのような変化はあまり感じられない。私自身、いわゆる外資系の企業にいて、留学による実務上・キャリア上のプラスが現実的に感じられたこと、また終身雇用ではないので自らのキャリアを自ら形成していく必要性があることから、留学をしたいと思ったが、日本企業に10年もいた場合に同じ判断をしたかというと、必ずしも自信がない。

結局のところ、日本企業が、留学や海外勤務を経験した人材を、そういう経験をしていない人材に比べて横並びでない厚遇で迎え入れ、社内登用・中途採用を問わず積極的に活用しようとしない限り、海外に出ることは今の日本では「割に合わない」場合が多いのであろう。かつては、国際化という意味不明なスローガンのもとで、日本もそのうち海外経験をした人材が必要になるだとか、あるいは海外に出ることそのものに価値があると思われた時代もあったのだろうが、もうそういうおめでたい時代が終わり、皆が「冷静」になっただけなのではないか。そうした日本の旧態依然とした雇用・経済慣行を脇に置いて、若者の内向き志向を若者の志だとかハングリー精神のせいにするのは、いささか短絡的で、答えのない議論のように思われてならない。日本の人材の国際競争力強化は、日本企業がまず自らの人材の内向き志向をやめ、留学や海外勤務への明確なリターンを示さなければ、到底なしえない。そしてそれをなし得なければ、日本企業は永遠に欧米企業に追い付けず、アジア新興国の企業にも遅かれ早かれ敗れるだろう。


今日は日本が大戦に敗れた日である。


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性別:
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職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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