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無料ながらも非常に役に立つウェブツールを次々に世に送り出しているGoogleであるが、同社が今年になってからリリースしたGoogle Analyticsというツールも、かなりのスグレモノである。
ウェブサイトへのアクセス分析のツールで、フリーで作成される簡単なプログラムをサイトのソースに埋め込んでおくと、ロボットが巡回して毎日アクセス分析をしてくれる。しかもさすがGoogleだけあって、レポートも非常にユーザーフレンドリーで、使いやすい。毎日のアクセス数のカウントだけでなく、それが地域別、アクセス経路別(どこのサイトを経由してきたか)、検索ワード別に、ほぼリアルタイムで集計されてくる。
本ブログはあくまでも自分の経験とそこで考えたこと、感じたことを書き留めておくためのものであり、公開しているのはその作業の継続を自分に強いるためであって、特定の読者を想定して書いているわけではないが、それでも公開しているとやはり読者というのは少なからず気になるものではある。
Google Analyticsによると、本ブログをご覧いただいている方々の今日現在の内訳は、概ね以下のようになっているらしい。

まず参照元であるが、GoogleやYahoo!などの検索エンジン、他のブログなどの検索エンジン以外のサイト、そして経由なしでの直接アクセスが、ほぼ1/3ずつとなっている。直接アクセス、つまりブックマークをしていただいている方々からのアクセスは増加傾向にあったが、3割を超えたくらいで安定している。一方、検索エンジン経由で本ブログにアクセスしてくださる方が最近多少増えているようである。

地域別には、当たり前であるが、日本からのアクセスが約8割、米国内からのアクセスが2割弱と多く、その他に(恐らく何かの間違いだろうが)豪州や英国からのアクセスがちらほらとみられる。
日本国内からアクセスしてくださっている方は、6~7割がリピーターのようである。親族のいる大阪や岐阜からのアクセスを除くと、地域別アクセス元の上位は以下のとおりらしい。

新宿区 19%
渋谷区 9%
練馬区 5%
中野区 4%
各務原(岐阜県) 4%

人口の多い都内からのアクセスが多いのは確率論的にもさほど不思議ではないだろうし、また都内には今後のMBA留学を考えておられる方々や、私の知人・友人も多いので、そういう方々がアクセスしてくれているのかもしれない。が、それにしても、例えば新宿区や渋谷区にそれほど知人がいるのかと自問すると、首を傾げざるを得ないし、果たしてこの方々はどういう読者なのだろう、といろいろ想像してしまう。

もう少しで8月も終わり、ビジネススクールも2年目に突入する。本ブログの内容がどう変わっていくか自分でも予想がつかないが、いつもご覧いただいている方々で、こうした内容を書いて欲しい、というご意見がありましたら、本項右上(記事タイトル右下)にありますCommentという箇所から、コメントをお寄せください。
ご期待に沿えるかはわかりませんが、意識してみます。
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夜、時間が出来たので、お世話になっていた技術コンサルタント会社に挨拶に行った。
メーカーの原価低減や、研究開発組織の改革など、コンサルティングをする中で、技術的知見がないと踏み込んだ提案や実行支援ができない場合がある。そんなときにアドバイザーあるいはコンサルタントとしてプロジェクトに参画いただいていたのがこの会社、特に社長のOさんとMさん。お二人を含むソニー出身のエンジニアの方々が中心となって立ち上げた同社、売上の中心は受託設計とエンジニアの派遣であるが、技術的知見を要する課題についての彼らの洞察力は、我々の心強い味方であった。仕事が大好きでハードワークを辞さない皆さんなので、挨拶だけして失礼するつもりであったが、Mさんとは、せっかくなので一杯、ということになった。

ビールのグラスを合わせ、しばらく昔話をしたあと、話題は日本の製造業についての憂いへと広がっていった。
我々に協力するかたちでコンサルティングプロジェクトをいくつか手がけるうちに、そうした仕事についての自信を深めていったMさんだが、一方でソニーの中堅エンジニアから飛び出した彼がいろいろなメーカーで価値向上に貢献できるという事実は、日本製造業の軟弱化の証左とも映るらしい。

まず指摘されたのは、ベテランの知恵が十分に蓄積・活用・伝承されていないということ。「五月蝿いオヤジがいなくなった」とはよく聞く話ではあるが、それは語るべき知識や技能をもったオヤジがいなくなったのではなく、オヤジが語らなくなった、あるいは周りがそれを聞かなくなっただけなのではないか、と彼はみる。現に、彼の会社では、製造業の各方面で一家言もつ定年オヤジを集めて、エキスパート部隊にしている。「オジサンズ11」などと呼ばれる彼らは、相談すると「それはさぁ、」と生き生きと語りだすし、分析してほしい製品や図面を渡すと、目を輝かせて寝食を忘れるほど調査に没頭するらしい。技術が好きでしようがなく、その好奇心や自分の腕を何かにぶつけたくてうずうずしているのだろう。Mさんたちは、本来産業界の中で自律的に行われるべきそうしたオヤジたちの知恵の活用を、外部エキスパートとして触媒しているかたちになる。

なぜそうしたベテランの知恵が活かされなくなったのか。

この答えの一つとして、MさんはIT化をあげた。
ソニーで三次元CADなどのITツールをいち早く導入した経験をもつ彼らがいうのは一見自己矛盾にも聞こえるが、もちろん彼はシステムを導入すること自体を否定しているのではない。彼が問題視しているのは、SAPなどの外部ベンダーが作ったパッケージソフトの安易な導入と、それにあわせた仕事のあり方だという。
企業の基幹システムにしても、設計ツールにしても、かつては各メーカーが自前で開発していた。そこにベテランの知恵をそこに結晶させることで、暗示的な知恵の明示化につながり、メーカーごとに知恵を振り絞って良いシステムを作る過程も、教育の場になったという。しかしそうした自前システムを半ば否定するかたちで安易なパッケージソフトの導入がなされると、とたんにエンジニアが思考停止してしまった。自分で考える、知恵を集める、という作業が吹き飛び、むしろパッケージソフトに与えられた枠の中で考えるという事態にまで至っている場合も少なくないらしい。

また、いわゆる「トヨタ生産方式」に代表されるような、生産システムの「教科書」が表面的に枠組みとして絶対視されたことも問題だという。例えばトヨタ生産方式の教えの一つは、ムダの排除にある。ムダの代表例は在庫である。しかし、工場の中の在庫をなくす、この一点が絶対的な自己目的となると、そのために流通側に在庫を膨張させたり、販売機会を逸したりする。トヨタ自身は、極論すれば「売れ残るくらいなら品切れになる方が良い(トヨタ井川専務)」という信念があるので良いのかもしれないが、例えば需要の波の大きい業界では、一時の特需を逃すと、致命的なダメージを被ることになる。そうした、自身の会社や業界の特性を踏まえた定説の検証や修正が、禁忌とされて長年放置されている例が多いという。NPS研究会、という異業種交流会があるが、「ナンバーワンの「経営効率」を目指す世界で唯一の一業種一社の製造業集団」をうたっている同会の会員企業に経営上の問題を抱える企業が少なくないのも、そうしたある定説の絶対視から来るのかもしれない。

同時に、NPS研究会の会員企業に問題を抱える先が多い、ということからは、いわゆる「業界トップ」企業の慢心ということも指摘された。慢心、と言われると顔を真っ赤にして怒る経営者が多いだろうが、競合他社製品の研究の怠り、サプライヤーの固定化、営業の不活性化、談合体質化など、業界トップに立つということは、あらゆる部分にわたって企業を弛緩させるリスクをもっている。

こうしてみてくると、共通していえるのは、好奇心だとか、「技を磨く」意識だとか、そうした現状を変えようという継続的な力の弱体化あるいは喪失が、企業や産業の力を弱めているといえるだろう。サラリーマン病、といってもいいかもしれない。結局これは、かなり日本に普遍的で、深刻な問題のようだ。

教育現場に目を移すと、さらに問題は深刻にみえる。Mさんには小学校5年生になる娘さんがいらっしゃるが、彼女の国語の宿題をみると、主語や目的語が省略された文学的文章の抜粋があって、「作者の言いたいことをまとめなさい」という課題が与えられていたそうだ。何十年と変わらない、日本の国語教育である。これは、とうてい論理的ではない日本語という語学に不可欠な、いわゆる行間を読む力、非明示的なものを汲み取る力を養うトレーニングであり、日本の企業社会で生きていくうえでも不可欠な力の養成である。しかし、最近は、答えがすぐにインターネットで検索できてしまう。これを「コピペ」して提出すれば、○がつく。少なくとも、×にはならない。こうして、ロジカルでもないし行間・空気も読めない、要するにコミュニケーションのできない日本人が生産されている。知恵の伝承、が再び定着するどころか、ますます減退していく気配が色濃くする。

ターゲット会社のコストを下げられる、経営改善の余地がある、というのは、PEファームにとっては「朗報」である。それだけ価値向上ができるからだ。
独力ではできない決断や、過去のしがらみの打破も、上記のような問題を解消する一助にはなるだろう。しかし、問題がもっと根深い、歴史的な変化のようなものであると思ったとき、何か他にもっと本質的な取組をしなければならないのではないか、という焦りのような気持ちにもなる。当面は答えもないので、具体的に自分の軌道を変えるところまでは至らないのだが…。


私たちの住む家族向け学生寮Westgateは、高層棟と低層棟にわかれ、後者は子持ちの家庭向けに2LDKサイズのアパートになっている。これら低層棟は3階建で、各フロア2世帯、計6世帯が、一つの出入り口と階段を共有している(この一群をEntrywayと呼んでいる)。我々のEntrywayは、韓国人家族が2世帯と、中国人家族、パキスタン人家族、米国人家族がそれぞれ1世帯である。この6世帯が今夜初めて自主的に集まり、住環境の改善を求めて団体行動をとっていくことを約した。


事の経緯は以下のとおりである。

我々のアパートの外壁の内部素材には、ポリ塩化ビフェニル(PCB)が含まれているらしい。
発がん性のある有害物質である。
これを処理するための工事が、昨年11月中旬から行われた。
外壁内部にあるPCBまでの穴を確保するためにレンガをいくつか取り除き、そこに処理剤(アルカリ剤か何か)を注入してPCBを分解、処理後またレンガを戻す、という作業である。低層棟の端にある我々のEntrywayから工事を始め、11あるEntrywayに順に施工していく、という計画であった。11月初めのMIT Housingから住民への説明では、

  • 1つのEntrywayあたりの作業は1ヶ月未満であること
  • 騒音は最初にレンガを取り除くときだけでのごく短期間で限定的なものであること
  • PCBの拡散その他による住民の健康への影響の懸念はないこと
  • 従って住人が住んだ状態のまま工事を行うこと

が告げられた。

が、我々のEntrywayの工事が11月15日に開始され、蓋をあけてみると、

  • 工期は6週間に延び、工事が終わったのはクリスマス後。その間、アパートは外からすっぽりビニールシートで覆われ、外を見ることも窓を開けることもできず
  • レンガを取り除く工事は2週間ほどに及び、その間の騒音は室内で会話ができないほど。その理由は「レンガが思ったよりも深かった」という極めてお粗末なもの(工期が延びたのも主にその理由)
  • レンガ除去後に内部素材から異臭が拡散し、頭痛などの症状が発生
  • 工事関係者による駐車場占拠、禁煙区域での喫煙、果ては雪の日に雪球を作ってアパートにぶつけてくる、などの数々の悪行

と、とても人並みの暮らしができる環境ではなかった。
各家庭とも子供がいて、我が家は工事真っ最中の12月初めに赤ん坊が生まれている。
工事期間中、各住民がぞれぞれに苦情を訴えていたが、最後まで環境の抜本的な改善はされず、一方で工事が終わってみると、
「最初のEntrywayでの経験から、我々は工事が想定より困難であることを学んだ。他のEntrywayの工事は一旦延期し、同様の工事をするかどうかは2月中に判断して発表する」
という発表がMIT Housingからなされた。
そして我々のEntrywayの住民には、"Special Dinner"を提供する用意がある、と。

私はこれまで何度か施設管理のマネジャーなどの下級責任者に苦情のメールを入れ、しばしば同じEntrywayの他の住人にもそのメールの写しをいれるなどしてきた。うち何度かは、1-2の家族が同調して、一緒にかけ合ったりもしてきた。
そして遂に"special dinner"の情報を得たとき、頭に来たので、
「こんなものは受け入れられない。我々はせめて工事期間中の家賃の返還を求める権利があるはずだ。Entrywayとしてその主張をまとめる必要があるのであれば、喜んでサポートする」
という内容のメールを、他の世帯に宛てて送った。

これに、階下に住む米国人家族が反応、
「Shintaroの気持ちは良くわかる。皆彼の意見に賛成ならば、21日の夜に我が家に皆で集まって、今後の動き方を話し合わないか」
というメールを流してくれた。
そして今日のミーティング、となったわけである。
ミーティングは短時間で終わり、全員が工事期間中の住環境について人間的なレベルであると思っていないこと、家賃の返還を求めたいこと、そのために大学当局における寮関係の部署の総責任者に連名の手紙を一通と、各家庭からの個別の手紙を一通ずつしたため、一週間後に提出すること、が合意された。


今回の「団結」は、私にとっていくつかの意味をもっていた。
一つは隣人との関係の深化。これまで顔を合わせればもちろん挨拶くらいする関係であったが、時間をとって集まったのはこれが初めて。今後は付き合い方も変化するだろう。
もう一つは米国社会における訴訟、権利闘争の経験。やはりこの国は、自分の立場や意見を主張しなければいけない国であるし、主張したものに対して強烈にリアクションがある国である。これまで諸々の苦情を訴えたりしてきたが、ほとんど相手にされていない。今回こうした団体行動をとり、かつネイティブの家族を巻き込むことで、この国でどうやって意見を通していけばよいかが、少し面白い視点で見えてくるかもしれない。

今後の展開に期待したい。



かつてのクライアントから、夕食に誘っていただいた。
ボストンの本社で研修があり、東京から5日間くらいの予定で来米されているとのことで、最終日の今日、寿司でも食べましょう、とお声かけいただいた。

コンサルタントをやっていて良かったと思う瞬間はいくつかあるが、こうした食事にお誘いいただき、かつてのプロジェクトの後日談を伺ったり、最近の業界の様子について話し合ったりするのは、そうした瞬間の一つであり、この上なく光栄に感じる瞬間である。
そもそもこの仕事、多大なフィーを頂戴しつつ、そのフィーを支払ってくれたクライアントに、相手の気に障ることを言うという、なかなか無茶な仕事である。それがさらに、プロジェクト、つまり契約期間が終わって随分と経ってから、わざわざ時間と費用を割いて食事をご馳走していただけるというのだから、普通に考えるとあり得ない。かろうじて、学校の先生や医師ならこれに近い状況もありえるかもしれないが、決定的に違うのは、この仕事の場合クライアントの方が往々にして年長者で、かつその業界の経験・知識は上、という点である。この日お会いしたクライアントも、私より一回り以上年長の、経験豊かなビジネスマンである。こういうお誘いをいただくと未だに、この方のこの瞬間の時間とカネの支出に見合う何かを自分は今日提供できるのだろうかと、喜びの反面不安に近い恐縮した気持ちになる。

この日も、そんな思いを反芻しながら、またこの方をクライアントとして従事したプロジェクトの到達と反省を思い起こし、今その会社(クライアントはプライベート・エクイティ・ファームで、プロジェクトの直接的な対象は彼らが投資した事業会社)がどうなっているか、自分がクライアントであったなら何をしているか、今後の必要なアクションは何か、などを考えながら、ボストンにある待合せのホテルまで、自宅から40分ほどの道のりを歩いていった。

東海岸に数店舗展開する有名な寿司屋で刺身などをツマミながら、いろいろとお話を伺う。当然ながら、自分たちがこちらで過ごしている間に、日本でかつて身を置いていた「現実」が着々と動いていることを思い知らされる。アルコールも加わり、時間と空間が錯綜する。多少、自分はこんなところで何をしているのだろう、とも思う。が、それ以上に、こうした方々に仕事をいただき、直接・間接に多くの支援をいただいたからこそ、今米国に家族で滞在し勉強できているのだと、本当にありがたく感じる。

3時間ほどがあっという間に過ぎ、席を立つ。奥様に、と、テイクアウトの寿司折まで持たせていただいた。
素晴らしい人たちに恵まれ、私は本当に運が良い、と思った。



Boston Career Forumが始まった。

日英バイリンガルを対象にした世界最大の就職フェアで、200社近い企業が参加、昨年は開催された3日間で延べ1万人を越える学生(学部生から博士課程の大学院生まで)が参加した。
全米各地は勿論のこと、欧州や、逆にはるばる日本から来る学生までいるらしい。

私の所属するコンサルティング会社の日本支社が今年初めて参加することになったので、「現地スタッフ」として私も出動し、いくつかの面接を受けもった。

朝、会場であるBack Bay地区のHynes Convention Centerに出向くと、会場周辺の風景が明らかに普段と違う。リクルートスーツを身にまとった日本人学生があふれかえっており、また企業関係者と思われる人間も屯していて、そこだけ日本に占領されたようである。学生の中には、ざっと見て1-2割、日本人でない人も含まれているが(イベントの趣旨上、日本語と英語が話せれば国籍は関係ない)、彼らまで服装は日本風の就職活動スタイルで、日本人にみえる。

一日を通じて印象に残ったのは、まず海外で学ぶ日本人学生の多さ。
失礼ながら聞いたことのない学校も含めて、非常に多様な先に、驚くほど沢山の日本人学生がいる。

また中には、人生の大半を英語圏で過ごしてきた日本人学生も少なくなく、日本語よりも自由に英語を操る。面接も、むしろ英語で行った方がスムーズに行く。そういう人について、無邪気に格好良いと思っていたが、実際はなかなか苦労されている。つまり、彼らの日本語は、日本語の達者な外国人の話す日本語よりも、当然ながら多くの場合流暢なのだが、日本人だ、という先入観でみるためか、こちらが感じる違和感は日本語の達者な外国人に対するよりも強い。こうなると、コミュニケーションが重要な職種では、なかなか道が開かれない。非常に気の毒である。

そんなことを感じていると、夕刻、予想もしない事態が発生した。
突然の小火騒ぎで会場に消防隊が現れ、全館退去命令が下されたのだ。
そのとき私は面接中だったが、とにかく出ましょう、ということで会場を離れた。今日中に再度会場に入れるようになる保障はなく、むしろ状況をみているとその可能性は極めて低そうである。幸い、我々は、徒歩10分ほどのところにボストンオフィスがあるので、そこに退避したが、多くの日本企業はボストンに支社があるわけでもなく、周辺は路頭に迷った日本人(企業側も学生も)で溢れかえった。会場からは、1kmほど先のBack Bay駅まで、建物を渡り廊下でつなぐかたちでショッピングアーケードが続いているのだが、寒かったこともあり、これら溢れ出た日本人のほとんどはこのアーケードに雪崩込んだようだ。カフェはもちろん、廊下に置かれたベンチやちょっとした物陰まで、辺りはすべて日本人に占拠され、中にはその場で面接を始める会社もあり(皆、真面目で、必死なのだ)、異様な光景となっていた。

結局大きく中断された面接は19時前後まで続き、疲労困憊したが(応募者の学生もだろう)、いろいろな側面でなかなか貴重な体験をさせていただいた。



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WEATHER@MIT
PROFILE
HN:
Shintaro
性別:
男性
職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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