スローン生数名を率いて、京都の町を歩く。
日本到着~二日目は、大阪の実家で家族と過ごすために一旦「隊」を離れさせてもらったので、全体にとって3日目となる今日が、自分にとっての実質的な始動である。
地の利を活かして京都を案内してやろうと、事前予約なしの京都観光ツアー要員として、参加者を待つ。
過半数の参加者がこの日は広島に出かけており、京都にとどまった参加者も多くは自由に散策すべく出かけていったので、集まったのは8名。まあ移動や昼食のオペレーションを考えると、手頃な人数ではある。
見てもらいたい所は山のようにあるのだが、欲張っても疲れてしまうので、金閣、竜安寺石庭とまわり、昼食は三条の三嶋亭ですき焼きを食べ、午後は伏見の日本酒工場(酒蔵)を見学する、というコースを辿った。
昨日から、我々の到着を待っていたかのように、京都は異常な暖かさに恵まれている。歩いていても気持ちが良い。途中、参加者から様々な質問を受ける。食事のこと(日本人が一番好きな日本食は何か、熱燗の酒は安物だと聞いたが本当か、など)、街並みのこと(なぜゴミが落ちていないのか、なぜ車は左を走るのか、など)、舞妓さんのこと(どういう人がどういう選考を経て舞妓になるのか、売春婦ではないのか、など)、など、挙げればきりがない。中には「そういわれてみれば・・・」というようなものもあり、ちょっと考えさせられたり、古い記憶を遡ったりもする。
古い記憶といえば、この町は私が大学時代の4年間を過ごしたところである。観光名所には正直あまり(というかほとんど)感動を覚えなかったが、そこに至るまでのちょっとした町の風景のあちこちに思い出がある。大学時代というともう10年ほど前のことだが、時間の流れの遅い京都では、それほど風景も変わっていない。何度か行った定食屋、人ごみの濃淡、バス停のカンバン、皆一緒である。そこに、再び学生として、自分が歩いている。但し一緒に歩いているのは日本人ではなく、話しているのは英語である。その半径1mほどの空間だけは、Cambridgeを移植したかのようである。つまり、京都の町の中で、決して交わることのなさそうな私の二つの「学生時代」が交錯している。これは極めて複雑な感覚であった。
三嶋亭ですき焼きを突きながら、どちらの学生時代が良かったか、と考えてみる。10年ほど前の学生時代の方が、間違いなく自由であったし、気楽でもあった。それは大学が課す学業的負荷の軽さもあるが、社会的責任や将来に対する現実感の軽さにもよる。今は、毎日のように将来のことを意識するし、学業的負荷も30代のカラダには十分こたえるだけ重い。しかしながら、10年前は考えもしなかった、200人以上の「ガイジン」を率いての日本旅行を実行している。このエネルギーがあれば、京都での学生時代はもっともっと有意義だったのではないか、と多少もったいない思いにも駆られる。一方で、あのモラトリアムがあったから、今の自分があるのだという気分も、単なる言い訳ではないように思う。
まあ、後ろを振り返っても仕方がないので、あと1年ちょっとの「今の」学生生活を充実させることに気持ちを向けよう、そしてまず目の前の旅行を「成功」させよう、そんなことを考えた。
前向き前向き。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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