Sales Club主催で行われた先日のJim Kilts氏の講演のように、このところは各クラブ主催のゲストスピーカー講演が多い。今日はEuropean Club主催でDeutsche Bahn AG(ドイツ鉄道株式会社、以下DB)の幹部が招かれ、同社の経営再建の歴史についての講演が行われたので、聴講してきた。自分が過去JRに勤めていたためにそれとの比較をしてみたかったことと、スピーカーが長年にわたってDBの再建に携わってきた大手コンサルティング会社McKinseyの元VPで最近CFO(だったと思う)としてDBに移った人物であったことから、興味をもった。会場にはそのJRから社費留学中で同じWestgateに住むDOさんの姿もあった。
米国人の聴衆を意識してか、あるいは本当にそう思っているのかは分からないが、内容は全体として自分たちの経営再建の実績を礼賛するものであった。本当に、本気で、自らの実績が異国の学生に堂々と誇れるものだと信じているとしたら、「井の中の蛙」とまでは言わないが、「欧州の巨人、東洋を知らず」とでも言おうか、とにかくもう一度事実を見つめなおして来い、と言いたかった。
紹介された再建の主な実績と打ち手は、以下のようなものだ
- 「大規模な」人員削減を伴わないコスト削減
- 購買改革
- 余剰人員の活用による外部委託の削減
- 一人当たり労働時間の削減(今でいうワークシェアリング?)
- 売上の拡大
- 高速鉄道網(ICE)の拡充
- 貨物輸送の拡充(デンマークやオランダの国鉄貨物部門を買収、など)
- 従業員の意識改革
- 各従業員のコミットメントの作成・合意とそれによる評価(マイナス評価が続いた従業員は清掃作業等の従来外部委託されていた役務に回され、やがて辞めていく)
- 上記により1951年以来一度も利益を計上したことのなかった会社の黒字化
確かに、日本の9割の国土に日本のおよそ2倍の総延長の鉄路をもつドイツは世界で最も鉄道密度の高い国であるし、それを運営するDBは世界最大の輸送会社の一つである。経営的にも、民営化前に比べれば格段に改善されているし、英国国鉄の民営化などと比べれば、成功した民営化の例と言えなくもない。
しかし、冷静にDBの現状をみつめると、先日までコンサルタントとしてクライアント(=DB)をサポートしていた人物がそこまで自画自賛できるレベルとは言いがたかろう。少なくとも、都合の良い事実だけ並べるのではなく、今後の課題としていくつかの未解決課題に言及するなどして、評価を聴衆に委ねる情報のフェアさを担保すべきではなかったか。
日本でも国鉄民営化以降、地方不採算路線の3セク化、廃止が進められたが、ドイツにおけるそれは日本の比ではない。かつて最長6万kmあった路線網は、その6割程度にまで縮小されている。
またドイツ国鉄民営化の特殊性として、旧東西両ドイツに分断されていた国鉄のインフラ、オペレーション、技術水準を統合する必要があったことはハンデとして認めつつも、故障その他さまざまなトラブルを頻発させ、1998年にはICEの脱線大事故に至ったことは、周知の事実である。
国内輸送シェアも依然として小さく、運賃収入も、JR本州三社の合計が300億ドルを越えるのに対し、その半分に満たない。
黒字も、さまざまな政府補助によって支えられたシロモノであり、結果として民営化されて14年経った現在も、株式は100%政府保有である(法人の形態が民間会社のそれになっただけ)。
成果を自他共に認め合い、称え、次への動機付けにつなげる欧米のやり方は、必ずしも全部的に悪だとは思わない。しかし、先日のJim Kilts氏のようなリタイアした個人ではなく、現役の会社の幹部として、それも事実と分析を重んじる経営コンサルティング出身の人間として、学生相手に冷静な比較論や功罪両面のフェアな分析なしに己の実績を誇るのは、いかがなものか。講演後の会場からの質問も、比較的高齢の参加者(恐らく大学関係者)からの、DBの改革が素晴らしいということを前提にした質問がほとんどで、お互いに臭い部分を認識しながら社交辞令を交わしているようで、非常に嫌な気分になった。
一方で、日本の国鉄改革については、JR在籍中はそれほどその凄さを感じなかった(むしろJRの欠点ばかりが目についた)が、今日の講演を通じてその誇るべき実績を再確認させられた。そしてそれがあまりにも海外に認知されていないこと、またJR自身その実績を積極的に他国に展開し、先進各国の鉄道再建に主体的な貢献ができていないことが、残念でならなかった。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
ご意見、ご感想は↓まで
sloangear★gmail.com
★をアットマークに書き換えてください