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「 A day back in Boston ...半年振りに戻って 」
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久しぶりに記事を書く。
いや、久しぶりに載せる、と言った方が正確か-。
 
所属するコンサルティング会社の出張の機会を得て、単身ボストンに向かった。昨年6月に離れて以来、およそ8ヶ月ぶりのボストンである。
 
たった8ヶ月、といえばたった8ヶ月であり、街はそれほど変わっていなかった。スローンの新校舎を含むMITの新校舎群は工事が進んでいたが、かといって新たに稼動しているものはほとんどなく、Kendall SquareやHarvard Squareといったケンブリッジ市内の馴染みの場所も、ほとんど変わっていない。2年間を過ごした学生寮のWestgateも、その外観、中庭の児童公園、ともに何も変わらない。変化といえば、駐車場に並ぶ自動車の顔ぶれと、我々が入居していた部屋の様子くらいであった。我々のいた部屋の窓からは、中国風の飾り物がのぞいていた。
 
昨年の6月に帰国し、もう少し考えたことをここに記したい、と書いた後、日本での生活も落ち着き、かつての職場にも復帰した。以来、何度か雑感をメモに落としてみたが、いずれもまったくもって非生産的で、結論がなく、平たく言えば愚痴っぽくて、いつも途中でキーを叩く気が失せてしまい、いわんやブログにアップするなど、とても及ばなかった。日本に戻って、何を感じたのか。米国に行く前の日本に対する見方、日本に戻る前の米国に対する見方と、今のそれぞれの見方がどう変わったのか、分かったようで分からなかった。
 
しかし、今回暫くぶりにかつて2年間を過ごしたボストンに戻ってみると、何となく考えていたことが見えてきたような気になった。
 
一長一短、といってしまえばそれまでなのだが、日本にも米国にも素晴らしいところと醜いところがある。日本に戻った当初、自分の国はなんて情けない、ダメな国なんだ、と思うことが日々多かったが、それは米国の良いところを比較の対象として置くからそう見えるわけで、今回渡米して、やっぱりこの国はダメだなあ、と思うことが幾度となくあったのも、その逆の心理が働いているに過ぎない。
日本人の道徳心というか、行儀の悪さについては、帰国直後の項に書いたとおりであって、その後の生活においても、認識は変わるどころかますます確信に近くなっている。道を譲らない、列に割り込む、親は子に擦り寄る、大学生は勉強しない・・・
しかしながら、米国および米国人も、側面が異なるだけで、ダメな部分は多い。この国のほとんどの人間は、信じられないくらい怠惰。自律的な改善努力というものがほとんどみられない。街並みも、一部を除けば極めて雑然として汚い。目的地まで遠回りしようとするタクシーに代表されるように、人を騙そうとする輩も少なくない。自分の責任範囲を極端に狭く定義して、それ以外のことには知らぬ・存ぜぬと堂々という。今回も、フィラデルフィアからニューヨークまで列車で移動したのだが、フィラデルフィア駅を出ようとするところで列車を牽引する機関車のエンジンが壊れてしまい、列車は吹雪の中で立ち往生、客室は真っ暗になった。状況や善後策を車掌や駅員にきいても、憮然とした表情で「自分は分からない」「カスタマーサービスデスクに行け」としか言わなかった。自分だって迷惑してるんだ、とでも言いたげな態度で、日本人には信じられない感覚である(尤も、かつての国鉄はこういう感じだったのかもしれないが)。こうした「ダメな部分」の背景に共通してあるのは、行き過ぎた資本主義のえげつなさであろう。怠惰で、改善意欲に乏しく、狭く定義した自分の責任範囲以外のことを極力やろうとしない理由も、結局は「自分はそれだけの給料しかもらっていない」という点に尽きるであろうし、街を汚して平然としているのも、掃除をするのは自分の仕事じゃない、そのために金をもらっているやつが掃除すればよい、という感覚が確実に影響しているように思われる。ボストンの空港に向かうタクシーの運転手はモロッコ人で、親族のサポートを得て米国に渡り、苦学して金融の知識を見につけ、中堅金融機関に職を得たが、昨年あっさりクビにされたという。一方で、金融界は特にそうであるが、経営者などの一握りの人間は、天文学的な収入を得ている。こうした事実を経験し、あるいは日々目撃していると、まじめにコツコツやろうという気が失せるのも、わからなくはない。私が従事するコンサルティングという職業もそうである。米国では、コンサルタントが果たすべき役割を契約の中で明確に定義していることが多く、従ってコンサルタントも「ここまでやる」というのが比較的はっきりしている。そして、当然ながら、そこまでしかやらない。これに対して日本では、後から契約に謳われていないことをあれもこれもと顧客から依頼される場合が少なくなく、コンサルタントも顧客会社のためになるならば、とストレッチすることが多い。従って、労働時間が極端に長くなる。ちなみに、米国で労働時間が極端に長い職業は、金融関係にほぼ限られる。かつてボストンのPEファームでインターンをしていたときも、労働時間の長いスタッフはほぼ例外なく金融出身であった。金を増やす、ということ自体を役割や目的として設定した瞬間に、「ここまでやる」というのがなくなるからであろうか。
こうして考えると、米国人の美徳がみられる場面というのは、資本主義が介在しない局面が多いようにも思える。子供や老人などの弱者を助けるとか、隣人に親切にするとか、順番を守るとか、挨拶をするとか、こうした至極当たり前な社会道徳というのは、これ自体が仕事や金にならない。割り切りというか、切り替えというべきか、こうした仕事にも金にもならないところで道徳心を発揮するのは、欧米人の素晴らしい側面であろう。一方で、日本人(あるいは東洋人)は、資本主義が中途半端に入り込んでいるのだろうか、すべてが一本調子になってしまっているように思える。
 
もう一つ、当たり前ながら再認識したことは、結局普通の人間(無論私自身を含め)の想像力などというものは高が知れていて、自ら見て、聞いて、触れたものをベースにしてしかモノを考えることができない、ということ。
世界にはいろんな人がいる、
頑張ればチャンスが広がる、
自分のことは自分でやりなさい、
カラダの不自由な人には親切にしなさい、
…、
恐らくどの家庭でもお父さん・お母さんが子供にいうような、至極普遍的な教育理念や躾であろう。しかしながらそうはいっても、こうしたお題目は、「事実」を目にしないとなかなかピンとこない。それは子供に限らず、大人だってそうだろう。そして日本よりも米国の方が、こうした「事実」を目の当たりにする機会が圧倒的に多いのではないか。
既に多様なバックグラウンドの国民を有するのに、現在でも移民や短期滞在を含め、世界中から人の出入りが絶えない。
「アメリカン・ドリーム」という言い古された言葉が未だに陳腐化せず、努力して成功を手にした人が各界に多く存在し、世論も彼らを称える。そしてそうした成功者が、結構若い。日本では、若くして成功した人、というのは、そもそも数が少ない上に、子供の目に触れるモデルとしては芸能人やインチキ経営者のような人がほとんどではないか。人口が減少し、社会の富のほとんどを老人が支配し、選挙権でみても55歳以上で過半数を占める国なので、仕方ないのかもしれないが、女子高生のなりたい職業でキャバクラ嬢がトップ10入り(調査によっては一位!)する現状をみるにつけ、日本はいかにチャンスが少ない国かと寒くなる。
そんな国だから、日本では自分のことを自分でやる気になりにくい。頑張っても若者に成功のチャンスは乏しく(少なくともそう見えがちであり)、かたや老人は世界的にも類を見ないほどの個人金融資産を抱えている。しかもその老人は既に機能しないことが誰の目にも明らかな年金制度の上で生活しているので、カネのない若者が必死に稼いでカネのある老人に貢がなければならない構造になっている。これに就職難が重なると、ニートになって親のスネを齧り続ける若者や、あるいはオレオレ詐欺で老人からカネを騙し取ろうとする若者が増えるのも、なるべくしてなった帰結ようにも思える。一方で、米国(あるいはこれは欧州でもそうかもしれない)では、比較的早くから親が子を突き放す。親も子を頼らない。そして子は親に突き放されても、チャレンジしうるチャンスが世の中にある。
こうして考えてくると、今の日本で「カラダの不自由な人には親切にしなさい」といっても、「それどころじゃないよ!」ということになるのかもしれない。少なくとも東京でみている限りでは、電車でもエレベーターでも、妊婦や乳幼児連れ、足の不自由な人に、席や場所を譲ろうとする人は極めて少ない。米国で生活していると、こうした点ではこちらが身につまされて恥ずかしくなるほど、皆紳士である。
 
日本人の勤勉性、道徳心、倫理観、といったものも、風前の灯のように思えてくるが、それが日本という国の国力の低下が根本原因ではないか、というのが、今回改めて得た気づきであった。モラールという無形資産は、一旦逆向きの力が加わると、あっという間に壊れるものだろう。そしてその「逆向きの力」の招待は、日本の国力低下なのではないか、と思う。
 
当然、日本人としてこれを看過するにはあまりに忍びなく、ナントカする一助になれればという思いは強くなる。(本当に自分の天職かどうかまだ分からないが)コンサルタントとして日本企業のお手伝いをする際、あるいは父として子供を育てる際に、こうした視点や思いが、迷ったときの自分の指針になるのではないか、と思う。
 
往復丸一日ほどの飛行時間を含む24日の米国出張は、そんな随想にふけるに十分な時間であった。
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quick thought
by tanae 2010.10.14 Thu 06:18 EDIT
友人がMITに行くので、貴サイトを参考までに拝見しました。欧米は(一部の金融関係者を除いて)キリスト教の考えが根付いており、人々の倫理感・生活モラルは日本人に比べて高いと思います。日本女性は誰とでも平気で関係を持ってしまうように思いますが、このあたりも宗教が多分に関係しているように思います。現在NY在住ですが、日本の満員の通勤電車で他人を押し合う姿はほんとに情けないですね。ただ貴方が書かれたように、日本人にも欧米人にもいい面・悪い面があると思います。人でも物でも見えた一面は、ごく一部だけなので全体像ではないということだと思いました。最近、日本には本当に「未来」ないと思うのですがこれは終身雇用というグローバルでは通用しない制度をいまだに採用していることが大きな要因だと考えています。話がばらばらになってしまいましたが、同じようなことを考えているのでまた面白いことを書いてください。
Re. quick thought
by Shintaro 2010.11.14 Sun 23:01 EDIT
tanaeさん、コメントをどうもありがとうございます。
なかなか解がない問題ですが、共感いただける方がいらっしゃることだけでも、前向きな材料に感じられます。
「未来」が明るいかどうかはわかりませんが、少なくとも問題意識をもって、自分にとって正しいと思えることが何かを考えて、行動することは、日本の未来の有無にかかわらず重要なことだと思ったりします。
ご友人がMITで素晴らしい経験をされることを祈念いたします。
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PROFILE
HN:
Shintaro
性別:
男性
職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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