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「 Tanzania Trip 6 …サファリとの別れ、南の島との出会い 」
未明のンゴロンゴロを発って長躯5時間のドライブでキリマンジャロ空港に入り、タンザニア本土の大地を後にする。ローカル航空会社が運行するプロペラ機の機内は意外に綺麗で、飲み物のサービスにもケニア・ビールのタスカーが含まれていて嬉しい。隣に座った娘と、赤茶けた大地を窓の下に見ながら、サファリに手を振る。また戻ってくることはあるのだろうか。

南東に進む飛行機の窓の外には、1時間ほどでインド洋の青い海岸線が見えてくる。するとすぐに飛行機は高度を下げ、ザンジバル島へと着陸する。ザンジバルというと、我々の世代の男の子の多くは機動戦士ガンダムに出てくる宇宙船を思い出すが、インド洋に浮かぶ神奈川県ほどの大きさの島の名前である。もう着陸するか、という頃になって突然窓の外が暗くなり、窓ガラスに水滴が着き始めた。熱帯特有のスコールのようである。飛行機が滑走路の脇に止まってタラップが下ろされた頃には、もう土砂降り。何とか空港ビル(というほどのものでもないが)に移って、機内預かりの荷物を受け取り、ビルの外に出てみると、水はけの悪い駐車場はまるで池のよう。ンゴロンゴロのホテルに頼んで手配してもらったタクシーに乗って島の中心都市ストーンタウンへと向かうが、途中の道路も完全に冠水していて、凄い光景である。それでもお構いなしに、車はじゃぶじゃぶと水を掻き分けて進む。やがて沿道の建物が掘っ立て小屋から歴史を感じさせる重厚な作りにかわってくると、ストーンタウンに入る。この頃にはすっかり青空に覆われてきたのだが、相変わらず道路の水はけは悪く、白壁の建物が所狭しと迷路のように並ぶストーンタウンも、やはり水浸し。白壁もネズミ色になってしまっている。ともかくもホテルに到着し、一休み。
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1-2時間、ホテルの部屋で「避難」した後、もうそろそろ水もひいているかと、恐る恐るホテルの外に出てみる。
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と、水溜りは減っているのだが、日差しが刺すように強烈で、街中からさっきの雨の水分が蒸発していて、不快なことこの上ない。なんとか日陰を探しながら歩く。ホテルの周りは外国人観光客が利用するホテルやレストラン、バーが集まっており、これらを目当てにした連中も集まっていて、1分と歩くたびに、「コンニチワ」と声をかけられる。中にはサングラスやナッツ、スパイスなどを売る者もいるが、多くはガイドか民芸品売り。ガイドは免許証のようなものを見せながら、2時間で10ドルで良い、と追いすがってくるのだが、この環境下でとても2時間も歩けるとは思えない。「コンニチワ」と言われるたびに「サヨウナラ」と返して、立ち止まらずに歩く。

世界遺産にも登録されているこのストーンタウンの街並みは、天候の影響もあって、「美しい」という形容詞を与えるにはちょっと躊躇われるものだったが、アラブ、スワヒリ、ヨーロッパ、ペルシャ、インドなどの文化が混ざり合った、複雑で独特な世界。三角形の半島を埋めるように出来た市街地の中は、話には聞いていたが完全に迷路で、地図を見ながら歩いてもすぐに方向を見失う。
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街の本格的な発展は、17世紀後半にアラビア半島からやってきたオマーン人が、それまで島を占領していたポルトガル人を追い出してここを貿易の根拠地とし、1840年に島を平定してザンジバル王国を建国してかららしく、そのイスラム文化がこのような街路を作ったという。確かに、これまで訪れた街の中でも、ポルトガル・リスボンの旧市街や、ウズベキスタン・サマルカンドの旧市街など、イスラムの影響を受けたとされる街はどこも迷路のようになっていたと思う。しかし、イスラム文化の影響を受けたら何故迷路のような街になってしまうのか、そこの必然性、因果関係は、もう一つ良くわからない。ともあれ、19世紀の街の繁栄は相当なものだったらしく、日本からも女性が売春婦として売られてきたりしていたという。当時彼女らが客を引いていた建物が、路地を進んだ旧市街地の奥地に今も残っている。当然今はそうした日本人売春婦はおらず、三階建ての建物の一階は土産物屋になっていて、オバマ・グッズが売られていた。
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歴史とは因果なものである。貿易で発展したザンジバルの最大の「商品」は、アフリカ人奴隷だった。東アフリカの各地で捉えられた人々は、この島に集められ、アラブ商人によって、アメリカ大陸に奴隷として売られていった。かつて奴隷市場だった場所に立つストーンタウンの大聖堂の脇には、奴隷の「倉庫」や生々しい模型が公開されている。
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奴隷を売って得た金で、アラブ人は街を大きくし、日本人売春婦まで連れてきた。そして21世紀、奴隷として米国に売られていった人々の子孫が支持し、ケニア人を父に持つオバマ氏がアフリカ系市民として初めて米国大統領に就任した。今、アラブ人が建てた白壁の建物にはアフリカ人が住み、そのオバマ氏の顔がプリントされた土産物を売っている・・・。考えてみれば、凄まじい物語である。

それにしても、オマバ大統領はやはりアフリカでは人気らしい。ここが彼の父親の故郷ケニアの隣国だから、尚更かもしれない。が、オバマ氏の経済政策は、基本的に富裕層に高い税率を課して、貧困層に再分配しようというもの。タンザニアのサファリやザンジバルに観光で訪れる米国人は富裕層の部類に入る人々だろうから、そうした人々の所得を削ることは、少なくとも直接的にはここの人々にプラスに作用しないだろう。まあそんなことよりも、現地の人々にとっては、「黒人が米国大統領になった!」という事実そのものが重要なのかもしれないが。写真はオバマ・ステッカーを貼った日本製の中古車(無論、誰も田中商店が何かは知らない)。米国では良く見かけるステッカーだが、どこで手に入れたのだろう・・・。
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あまりの暑さと湿度で、やはり1時間も歩くだけでぐったりしてしまったが、ストーンタウンの街が独特な雰囲気と魅力をもっていたことは確かであろう。
昨日まではサファリ、明日からはビーチ。間に一日、こういう街歩きがあっても良い。


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経営コンサルタント
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旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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