スローンは今学期から、新しいDean(学部長)を迎えている。David C. Schmittleinという52歳の男性で、直前までペンシルバニア大学Wharton校のDeputy Deanだった人物だ。
聞くところによると、スローンの優先課題であるreputationの向上と資金獲得のために、財界活動等のネットワーキングに優れた人物を外部から登用したのだという。
多少「鶏と卵」みたいな関係ではあるが、これらの優先課題は、現在建設中の新校舎E62に関係する。
2010年夏竣工予定の同校舎によりスローンの学生受け入れ能力は大きく拡大する。現状から物理的容積に比例して学生数を増やすのではなく、より選択科目の幅を広げて教育課程自体を充実させる方向で計画中、と言われているが、そうはいっても学生の定員も増やすのは間違いないだろう。そうなると、今以上に、大学の外部評価を上げてApplicant poolの質の底上げをしないと、単純に合格最低ラインの引き下げになって学生の質が落ちる。米国内のMBA出願者数は近年増加傾向にあり、07年は06年に比べてGMAT受験者数ベースで6%の伸びという報道もあるが、景気の波や人口動態の影響を非常に受けやすいこうした統計は短期的な指標にしかならず、地道な努力を怠る理由にはなり得ない。そこでメディアなどを通じたマーケティングに長けた人物を登用したということらしい。
もう一つの「資金獲得」は、さらに分かりやすい。信じられないような寄付金によって新校舎のファイナンスは当然まかなえているが、ハコができるとそれは自ずからより多くの資金を要するようになる。この点でのNew Deanへの期待は大きい。
そうしたDeanであるが、一学生から見ればほとんど日常的接点のない存在で、一度全校生徒向けのスピーチがあった以外は、たまに道で見かける程度である。今日はその彼と、意外な場所で遭遇し、その人となりに至近距離で触れることができた。
会社のMBA学生採用活動のサポートのために、この日は夜にフィラデルフィア入りすることになっていた。4時までの授業が終わってすぐに空港に向かい、手荷物検査場の列に加わって順番を待っていると、直前にいた紳士がこのDean Schmittleinだった。
"Hi, Dean Schmittlein"
と声をかけると、怪訝そうな様子はまったく見せずに笑顔で「やぁ、こんにちは」と返してくる。このあたりからして流石、と感じた。私自身、旅行目的上ビジネススーツを着ていたし、一見して学生だとは判断し切れなかっただろう。当然、こちらの顔を知るはずもない。それでも知っているらしき人間には、笑顔を絶やさない方が得である。
名を名乗り、自分がスローンの一年生であることと、出身の会社名に触れると、彼はさらに饒舌になった。手荷物検査機の前で靴を脱ぎながらも、ああ、あのファームの出身か、ボストンオフィスのR氏の先日の論説は面白かったな、Gさんは知ってるか、と話が途切れず、しかも嫌味なく自分のネットワークを披露してくる。こちらが気押されて、カバンからPCを取り出すのを忘れて係員に咎められると、すかさず歩み寄ってきて「これは自分がタイミング悪く話しかけたせいで、彼のミスではない」とフォロー。いやいや自分のミスです、と言おうとするとそれを制し、自分はコーヒーを買いに行くのでまた機内ででも、と言って立ち去る。非常に卒がなく、スマートである。
一方、何となく孤独な横顔もみられた。
搭乗口に行くと出発時刻の遅れが表示されていて、もともと早めに空港についていたために時間ができた。採用イベントの間は軽食が出るとはいえ十分食べている余裕もなさそうなので、何か食べておこうと思いカフェテリアに戻った。するとそこには先ほどのDeanが、ドーナツとコーヒーを買って歩いていた。こちらが声をかけるより先に先方が気づいたが、今度は目線をそらして足早に柱の影に進むと、そこのテーブルに腰をおろし、独りでドーナツを食べ始めた。新聞も雑誌も読まず、ひたすら黙ってドーナツを貪り、コーヒーを飲んでいる。視点は虚空を掴んでいるようにしか見えない。
どんな組織でも、トップに立つというのは孤独なものである。ビジネススクールで上記のような背景でとっぷに就いたばかりの人物もきっとその例外ではなく、しかも外部評価や寄付額という、ある意味で他力本願な要素も強い指標が自分の成功を測るとなると、その気持ちはより強いのではないか。空港のカフェテリアの柱の影の物寂しいテーブルでみたその姿は、そんな孤独や重圧から一瞬ログオフして、真っ白になっている時間のように見えた。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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