昨日6月30日をもってマイクロソフトの常勤職を離れ、今後は会長職にはとどまるものの、週一回顔を出す程度になるという。現在52歳のゲイツ、20歳でマイクロソフトを起業してから、32年間で世界のオペレーティング・システムのシェア9割を誇る時価総額33兆円(世界第三位)の会社と6兆円を超える個人資産を形成、今後は慈善活動を中心に生きていくらしい。
ソフトウェア・ビジネスは、しんどい。
うまくいけば桁外れに収益性が高く、最近は必ずしもそうでもないが、一昔前は成長性も桁外れだった。
しかも優れた頭脳と普通のパソコンがあれば、誰でも参入できる。
当然、新規参入が相次ぐ。
それが技術革新をうみ、ある時期に支配的であった製品や技術が、一瞬のうちに市場から駆逐されてしまったりする。
しかもあまりに革新のスピードが速いために、技術の進歩の先行きが見通せず、構造的な競争優位性を築きにくい。
昨日触れた、私の働くPEファームが投資に際して求める要素のうち、いくつかの決定的な部分で×がついてしまう。
そんな中で彼(およびマイクロソフト)が凄いのは、目先のソフトウェア開発に集中するのではなく、時代の方向性を読んで、業界の中に誰もが踏み込むことのできない領域(=オペレーティング・システム)を築き上げ、持続的かつ構造的な競争優位性を構築、強化していったことにある。
つまり業界がしんどくても、そのなかで自社だけは他社に対する圧倒的なシェアと技術力を武器に持続的な成長が可能なモデルを作り上げ、それを実現してきた。
ここまでくると、PEファーム的にも○である(値段の話はおいといて)。
米国の規制当局を中心に、独占だのなんだのと批判する声も強かったが、ビジネスの究極の目標はいかに儲かり続ける仕組みを作り上げるか、にあるのだろうから、私は純粋に、凄いと思う。
マイクロソフトにフルタイムで身をおいていたときも、終盤のビルゲイツは、そうしたソフトウェアの未来像を考えるために、毎年一定期間、米国の別荘に篭って、一歩も外に出ず、誰にも会わずに、じーっと考えていたらしい。そして、その一定期間の「瞑想」のあと、自分の頭に浮かび上がってきた構想を、電話会議で全世界のマイクロソフトの幹部に伝えるのだという。
そうしてビジョンで組織を引っ張ってきた彼が最近口にしていたのは、インターネットを通じたソフトウェアの革新と、タッチパネルや音声指示に代表されるようなより直感的でシンプルなパソコン操作による利用者の裾野拡大であったが、前者ではGoogleに先行され、後者ではAppleの方が今のところ良い仕事をしているようにみえる。そんな中で、自らの限界を感じつつあったのかもしれない。
しかしそうであったとしても、52歳という若さで、手塩にかけて育ててきた企業の経営から身を引くというのは、なかなかできる決断ではない。この決断も、凄い。本人もそれを知っていたから、敢えて前々から「08年の夏には辞める」と公言して、自らを追い込んでいたのかもしれない。
私のような凡人には、マイクロソフトが今後どこに行くのか、あるいはソフトウェア・ビジネスが今後どうなるのか、まったく予想がつかないが、10年後くらいに歴史を振り返ったときに、2008年が何かのターニングポイントになっているのではないか、という気がしてならない。
いまだにファーストフードを主食とし、一般旅客機に乗るときはエコノミークラス、という質素な生活を続けているというビル・ゲイツ。どこかのマクドナルドか空港で会ってみたいものである。
2つ目の案件が、事実上終了した。
今回もまた、おそらく「没」である。
オバマが大統領になった場合、かなりの確率で増税が予想されているが、州によっては今の税率の水準からしてそのインパクトが非常に大きいようで、だったら今のうちに売ってしまえ、ということで、一部のオーナーが企業の売り抜けを急いでいるらしい。今回の案件も、そういう背景で市場に出てきたもの。当然、競争入札。ある投資銀行が音頭をとって、同業界・類似業界の企業や我々のようなPEなど、買収に興味のありそうな先に声をかけて回っている様子。そして一次入札の締め切りが今日の夕方5時。この入札で提示すべき金額を探るべく、先週木曜日から検討を重ねてきた。今の段階ではターゲット企業に関する情報が非常に限られていること、入札金額も拘束力がないこと、そして検討の時間が限られていることから、1つ目の案件に比べると非常にあっさりした、ある意味表面的な検討に終始したが、投資先の強みはどこか、どこに成長機会があるか、というあたりについての仮説はそれなりにもつことができた。
検討の結果をもって、午後5時の締め切りを前に、2時から二人の担当MDたちとミーティング。二人とも、この業界に10年以上いるベテランである。但し、一人はバンカー出身、もう一人はコンサルタント出身で、そういう先入観で見るからかもしれないが、後者の方が質問が細かい。先にやった一つ目の案件での議論とあわせて振り返るに、彼らMDの視線にはある程度共通するポイントがある。以下、具体的に整理してみる。
- ターゲット企業の業界が今後持続的に収益をもたらすか …要するに、古典的だが、Michael Porterの5 Forcesに沿った見方。特に参入障壁と代替品の脅威を気にする
- 参入障壁 …おいしいビジネス(つまり収益性が高く、成長していて、金回りも良いビジネス)には、遅かれ早かれ皆がおいしいと感じ、参入してくるのが資本主義の基本原則。その原則を機能させないための構造的理由(例えば法規制、巨大な初期投資、ブランド、技術力・ノウハウなど)があると、MDは喜ぶ
- 代替品の脅威 …LPがCDにとって代わられたように、あるいはHD DVDがブルーレイ(BD)に敗北して市場から淘汰されたように、誰かが新しい商品を持って出てきて根本的に市場を変えてしまうリスクがあると、投資価値がゼロになりかねないので、そういうリスクがないですよ、ということを証明しなければならない
- 競争 …その業界にどの程度競合がいて、彼らがどのくらい強力なのか。一番自社にとって都合がいいのは、独占
- 顧客からの圧力 …特定の顧客への収益依存度が極端に強いと、リスクになるので嫌な感じである
- 仕入先からの圧力 …今でいう原油のような、特定の原材料の価格変動等に伴うリスクを最小化したい
- ターゲット企業が今後持続的に成長するための構造的強みをそなえているか
- どこからどうカネが入ってきて、どう出て行くのか。安定的に収益を生み続ける構造か
- ターゲット企業は彼らの顧客に対して、顧客が今後も彼らと取引し続けるに足る価値を提供しているか
- 成長は、①既存顧客への上積み、②誰も手をつけていない顧客の取り込み、③他社からのシェア奪取、の順に難しくなる。①~②だけで十分な成長を得られるか。あるいは③を信じるに足る決定的な強みがあるか
- 意味のある経費支出がされているか。例えば営業マンが多数いる会社であれば、それら営業マンがちゃんと仕事をしているか(今回の案件の場合、2,000人以上いる営業マンが何をしてるのかよくわからん、というのがMDの不満の一つ)
- 当面の大きな投資の必要はないか
- 規制変更、特許失効などの大きな法的リスクはないか
- 当該案件への投資により、ファンドの投資先構成(ポートフォリオ)全体が特定のリスクに過度にさらされることにならないか
そんなこんなを議論。この日の結論としては、①入札しない、②ムリっぽい金額で一応入札する、③少なくとも二次入札に進めるであろう金額で入札する、という3パターンがありえるわけだが、今回の達した結論は②。ミーティング終了と同時にMD二人がレターに署名をし、その10分後にはレターが投資銀行に送付されていたが、恐らく二次入札はないだろう。
というわけで、案件2本目も実質的に終了。今回はあまり貢献できなかったので、ちょっと不完全燃焼。まあ、仕方ない。
MDとのミーティングを終えて自室に戻ると、デスクの上に給与明細を発見!およそ1年ぶりの給与所得である。やはりカネは払うより貰うほうが嬉しい。中には明細とともに小切手が同封されていた。さっそく通りの向かい側にあるBank of Americaに行き、口座に振り込む。ATMで口座情報を確認すると、残高は一気に倍増。所得があるってすばらしい。
…と、ふとみると、次女名義で預けてあった定期預金が、保留状態になっている。年始に購入した4ヶ月定期が1ヶ月ほど前に満期になったので、新たに9ヶ月定期に組み直したのだが、どうもそれが処理されていないらしい。直ちに同支店内にある投資商品を扱う窓口に問い合わせてみた。すると、
「以前手続きしたのはここの支店で私とやったのか、それとも他の支店でやったのか?他の支店でやったのなら、私はまったく関知しないし、いずれにしてもはっきりしていることは、今の時点で過去に振り返ってできることは何もないということ。できるのは、今日からそのカネをどうするか、という相談だけだ」
…出ました、米国お得意の低品質高圧力営業。しかし、1年もこういうのを相手にしていると、こちらも感覚が鈍ってしまっているのか、かなり諦めの気持ちである。はいはい、わかりましたよ、ととりあえず引き出し自由の9ヶ月定期に切り替えてさっさとサインする。担当者は、「わかればよろしい」と自らの勝利に満足した様子。こんなどうしようもない連中でも、米国の大手中の大手である銀行(=Bank of America)でそれなりのポジションについているのだから、たいしたもんである。給料も並以上にもらっているだろう。これと比較すれば、PEの人々の給料が驚くほど高いのも、少しは納得できるのかもしれない。
ゴルフを始めた。
米国に行ったらやりたいことのリストには入っていたのだが、次女が生まれたりするなかで、なかなか一歩が踏み出せなかったが、インターン先のゴルフ大会になぜか参加することになり、2週間後のそのイベントをきっかけに、始めることにした。
スローンの友人のサポートを得つつ、郊外のゴルフショップでドライバー、アイアンセット、パター、バッグ、靴などの一式を購入。友人は口をそろえて「日本より断然安い」というが、違いもわからないので、有名メーカーの型落ち品を中心に値段と耐久性重視で購入。全部で10万円ほど。安いのかどうなのかピンと来なかったが、帰宅後日本のゴルフショップのサイトなどで値段をみてみたら、確かに安かった。
購入後、その足で練習場(いわゆる「打ちっ放し」)に向かい、友人と1時間ほど練習。
だだっぴろい練習場は、日本のように屋根があったりするわけではないので、雨が降るとおしまいだが、なかなか開放的で気持ちいい。練習費用は、ボール代のみ。ボールはバケツ一杯で12ドル。安いもんである。
この辺では他に練習場がないのか、この日の練習場は満員。暫く順番待ちをして、自分の場所を確保する。
ふと見ると、練習しているゴルファーの中に、名物教授Rigobonの姿があった。教室に立つときとまったく同じような綿シャツにジーンズという格好で、子供二人を連れて練習していた。
かつて長女が生まれる前(=約4年前)は3ヶ月ほどレッスンに通ったこともあるが、クラブを振るのはほぼそれ以来。なかなかあたらない。普段使わない筋肉を使いながら、四苦八苦する。終盤には、100~150ヤードほどは飛ぶようになってきた。飛ぶと、それなりに楽しい。
ゴルフイベントまで、あと1-2回は練習に来たいものである。
プライベート・エクイティ・ファーム(PE)で働き始めて2週間半が過ぎた。最初の4日間ほどは研修だったので、実質2週間か。
この間、米国の金融サービスの会社の企業価値評価に関わった。コア事業の成長が鈍化する中で、最近注目を集める類似の金融サービスに新規参入し、それが企業全体としての成長と収益性を維持する、というのが、ターゲット企業の筋書き。これに、「ほんまかいな」と鋭いツッコミを10本くらい入れて、「ほんま」かどうか、そのツッコミを検証する。私は新規事業分野の算定をまるまる任せてもらった。金融に土地勘がないうえに、日本には存在しない奇妙なサービスで、どこからどうやって収益が生まれるのかという仕組みの理解に時間がかかったが、仕組みさえわかれば、何が企業価値を大きく左右するキモかもそれなりににわかる。
チームは、担当のマネージング・ディレクター(MD)の下に、分析の方向性を決め答えを吟味するプリンシパル、その下に実際の作業を設計するシニア・アソシエイト、さらにその下に2年目のアソシエイトと私、という小所帯。ターゲット企業から、投資銀行を通じて、「興味ありますか?」と聞かれている程度の、非常に初期段階の案件なので、まあそんなものなのだろう。こちらとしては全体が見通せてありがたい。ちなみにシニア・アソシエイトはBCG、2年目アソシエイトはマッキンゼー、と皆コンサルティング・ファームの出身。そしてスーパー賢い。ほとんどの場面で、1を言えば10が解る世界なので、私の英語の拙さが補われて助かった。
そのメンバーで分析を開始し、正味5日くらいで、最初に挙げた10本のツッコミのうち、どれは「ほんま」だと言っても良さそうで、どれが「うそっぽい」かが見えてくる(というか、見えないといけない)。「うそっぽい」となったところには、我々なりの見解を構築する。例えば売上が今後5年間で平均20%伸びるというのがウソっぽい、というのなら、何%が妥当か、平均だけでなく、それぞれの年について根拠のある数字を算出しなければならない。それを含めて、分析開始から一週間ほどで、自分たちが妥当と考える企業の将来予測財務諸表と、それに基づく企業価値(要するに今買うとしたらいくら出してもいいか)が導き出される。当然、それは会社側の計画をまるまる信じた場合の企業価値と、数字上の開きがでる。そうすると今度は、その違いをもたらすものが何かを改めて要素分解し、最も大きい要因1-2点に絞って、確度を上げるためにさらに一段細かい分析をする。今回はMDへの報告の日程が延びたりしたため、最後にはかなり凝ったシミュレーションまで作りこんだ。
そして今日、MDへの最初で最後の報告。このMD、とにかく細かい指摘をしてくることで有名らしいが、実際、驚くほど飲みこみが早く、しかも分析の細部を自分の頭の中で回してみて、「ここは事実らしいが、ここは君らが前提を置いているだけで、こういう状況になったらこう変わるだろう?」と、まるでエクセルが頭にインストールされているかのような切り返しをしてくる。このPEファームの凄いところの一つは、MDやプリンシパルといった幹部クラスがほとんど「叩き上げ」であること。他社からMDとして参画した人間は、片手ほどしかいないという。従い、このMDの例が極端かどうかはわからないが、皆自分でこつこつ分析をしてきた種族であり、多かれ少なかれ細かい指摘をしてくる。それに対して、どういう論理構成か、なにが下支えする事実か、なには仮定か、仮定の中で根拠の薄いものはどれか、がきちんと説明できなければ、出直して来い、となる。幸い今日は、「立て板に水」とまでは行かなかったが、それなりに納得してもらえた。そして、納得した上で最後に出た結論が、
「これ以上、今の状態で分析を進めることもできないので、この成果をもって一度銀行と話をしよう。チームの君らは一旦筆を置いてくれ。ありがとう」
かくして、無事?一本目の案件が終了した。
ミーティングが終わったのが11時半。さて、昼飯はどうするかなあ、と思いながら、メールのやり取りをしたり新聞記事を追ったりしていると、1時間後、来ました、人事のオバチャンが。
「聞いたわよ、案件、殺したんですって?」
"KILL"という能動的な単語で言われると心外なので、「違う、案件が死んだんだ。俺はそれが死ぬべきだと明らかにしただけだ」と言ってみたが、鼻で笑われた。彼女にとっては、私が「空いた」という事実がすべてらしい。
「次の仕事、持ってきてあげたわよ。ヴァージニア州に本社のある△△って会社。○○銀行の紹介よ。今、送られてきた資料をコピーしてあげているところ。来週月曜日の午後までに、銀行に興味があるかどうか返事しなきゃいけないそうだから、よろしくね♪」
・・・って、今木曜日なんですけど。
コンサルタント出身者はマトリクス(タテとヨコのまじわる方眼紙のような表)が好きだが、金融も大きくわけると、縦軸に公開 vs 非公開、横軸に株式 vs 債券、という2 x 2の表に整理できる。
①非公開株式 | ②公開株式 |
③非市場型債券 | ④市場型債券 |
具体的には、②を中心に投資をする会社(ヘッジファンド)、③④を中心に投資をする会社(債券投資ファーム)、そして②④を中心に投資をする会社(マクロ・ヘッジファンド)、といった具合である。
それぞれ儲けの仕組みが違うため、これらをくまなくカバーすることで全体としてのリスク抑制になるほか、市場動向などの知見の共有(もちろんグループ間の情報共有には一定の壁が設けられているが)が可能となる。
例えば③④に投資する債権投資ファームは、サブプライムの影響から企業買収の資金を銀行がなかなか出そうとしない中で、債券市場の動向を知り、さらには債券市場で資金調達するための窓口の機能を、PE部門に提供してくれている。
また、ヘッジファンドが二つあることも、このグループの面白いところである。
ひとつは、公開株式市場での取引が主。そこで割安なものを買い、割高なものを売っている。こちらは解りやすい。
解りにくく、またより面白いと思うモデルが、もう一つのヘッジファンドである。グループ企業で最も若い集団である彼らは、株式は勿論、債券やデリバティブなどにも投資する。ポイントはその投資基準が、マクロ指標による「あるべき姿」からの乖離具合にあること。人口、物価、気温、経済成長率、諸々の歩留まりなど、ありとあらゆるマクロ指標を集め、それらと様々な現象の因果関係の有無を定量的に明らかにし、因果関係、相関関係が認められ得る場合は、「あるべき姿」を特定する。それとの乖離が大きいときに、売り・買いの行動をとる。例えば、身近な例でいうと、ガソリン価格は原油価格の従属変数であるはず(原油価格が上がるとガソリン価格も上がる)で、データをみれば、どのくらいの価格差が、どのくらいのタイムラグでもたらされるか、解るはずである。これが解ったとして、現在のガソリン価格がそのモデルによる「あるべき価格」よりも安ければ買い、高ければ売る。そして「あるべき価格」に戻った際(コンバージェンス、という)に逆の取引をすれば、大もうけ、ということになる。実際に仮説どおりに価格が動いたときには、知的な達成感と興奮を味わえる、という。経験と勘による投資判断を徹底的な定量分析に置き換えたモデルで、非常に興味深い。
固定資産を持たないプロフェッショナル・ファームにおいて、最大の資産は人。
その人の知的レベルの高さを活かした多角化は、金銭的な欲求よりも、この知恵をあの分野に持ち込んで成功できるか、という知的チャレンジの追求課程のようにも感じられた。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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