私たちの住む家族向け学生寮Westgateは、高層棟と低層棟にわかれ、後者は子持ちの家庭向けに2LDKサイズのアパートになっている。これら低層棟は3階建で、各フロア2世帯、計6世帯が、一つの出入り口と階段を共有している(この一群をEntrywayと呼んでいる)。我々のEntrywayは、韓国人家族が2世帯と、中国人家族、パキスタン人家族、米国人家族がそれぞれ1世帯である。この6世帯が今夜初めて自主的に集まり、住環境の改善を求めて団体行動をとっていくことを約した。
事の経緯は以下のとおりである。
我々のアパートの外壁の内部素材には、ポリ塩化ビフェニル(PCB)が含まれているらしい。
発がん性のある有害物質である。
これを処理するための工事が、昨年11月中旬から行われた。
外壁内部にあるPCBまでの穴を確保するためにレンガをいくつか取り除き、そこに処理剤(アルカリ剤か何か)を注入してPCBを分解、処理後またレンガを戻す、という作業である。低層棟の端にある我々のEntrywayから工事を始め、11あるEntrywayに順に施工していく、という計画であった。11月初めのMIT Housingから住民への説明では、
- 1つのEntrywayあたりの作業は1ヶ月未満であること
- 騒音は最初にレンガを取り除くときだけでのごく短期間で限定的なものであること
- PCBの拡散その他による住民の健康への影響の懸念はないこと
- 従って住人が住んだ状態のまま工事を行うこと
が告げられた。
が、我々のEntrywayの工事が11月15日に開始され、蓋をあけてみると、
- 工期は6週間に延び、工事が終わったのはクリスマス後。その間、アパートは外からすっぽりビニールシートで覆われ、外を見ることも窓を開けることもできず
- レンガを取り除く工事は2週間ほどに及び、その間の騒音は室内で会話ができないほど。その理由は「レンガが思ったよりも深かった」という極めてお粗末なもの(工期が延びたのも主にその理由)
- レンガ除去後に内部素材から異臭が拡散し、頭痛などの症状が発生
- 工事関係者による駐車場占拠、禁煙区域での喫煙、果ては雪の日に雪球を作ってアパートにぶつけてくる、などの数々の悪行
と、とても人並みの暮らしができる環境ではなかった。
各家庭とも子供がいて、我が家は工事真っ最中の12月初めに赤ん坊が生まれている。
工事期間中、各住民がぞれぞれに苦情を訴えていたが、最後まで環境の抜本的な改善はされず、一方で工事が終わってみると、
「最初のEntrywayでの経験から、我々は工事が想定より困難であることを学んだ。他のEntrywayの工事は一旦延期し、同様の工事をするかどうかは2月中に判断して発表する」
という発表がMIT Housingからなされた。
そして我々のEntrywayの住民には、"Special Dinner"を提供する用意がある、と。
私はこれまで何度か施設管理のマネジャーなどの下級責任者に苦情のメールを入れ、しばしば同じEntrywayの他の住人にもそのメールの写しをいれるなどしてきた。うち何度かは、1-2の家族が同調して、一緒にかけ合ったりもしてきた。
そして遂に"special dinner"の情報を得たとき、頭に来たので、
「こんなものは受け入れられない。我々はせめて工事期間中の家賃の返還を求める権利があるはずだ。Entrywayとしてその主張をまとめる必要があるのであれば、喜んでサポートする」
という内容のメールを、他の世帯に宛てて送った。
これに、階下に住む米国人家族が反応、
「Shintaroの気持ちは良くわかる。皆彼の意見に賛成ならば、21日の夜に我が家に皆で集まって、今後の動き方を話し合わないか」
というメールを流してくれた。
そして今日のミーティング、となったわけである。
ミーティングは短時間で終わり、全員が工事期間中の住環境について人間的なレベルであると思っていないこと、家賃の返還を求めたいこと、そのために大学当局における寮関係の部署の総責任者に連名の手紙を一通と、各家庭からの個別の手紙を一通ずつしたため、一週間後に提出すること、が合意された。
今回の「団結」は、私にとっていくつかの意味をもっていた。
一つは隣人との関係の深化。これまで顔を合わせればもちろん挨拶くらいする関係であったが、時間をとって集まったのはこれが初めて。今後は付き合い方も変化するだろう。
もう一つは米国社会における訴訟、権利闘争の経験。やはりこの国は、自分の立場や意見を主張しなければいけない国であるし、主張したものに対して強烈にリアクションがある国である。これまで諸々の苦情を訴えたりしてきたが、ほとんど相手にされていない。今回こうした団体行動をとり、かつネイティブの家族を巻き込むことで、この国でどうやって意見を通していけばよいかが、少し面白い視点で見えてくるかもしれない。
今後の展開に期待したい。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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