「 China's Emergence and Global Economy ...米国目線の中国脅威論 」
今週はSIP(Sloan Innovation Period) Week。
1週間にわたって特別講義が開催される。
講義履修選択は2年生に優先権があるため、1年生の間は希望しているコースが取れず、また春学期以降にとる科目・教授のお試し的な意義が大きかったため、Sloan Introduction Periodと化していたが、今年は自分のスケジュールや関心に応じて授業選択ができている。
そんな中で最も楽しみにしていたのが、今日のKristin J. Forbes教授の講義。China's Emergence and Global Economyと題して行われた講義は、世銀、モルガンスタンレー、IMFなどを経て2003年から2005年まで史上最年少のメンバーとしてホワイトハウス経済諮問委員会に名を連ねたという彼女の分析力と経験が垣間見られる、興味深い内容であった。
中国経済の発展については、学生時代にも専攻として研究していたが、当時は90年代の後半であり、論点の中心は国営企業改革や労働市場の整備、内需拡大、香港・マカオとの融和など、持続的・自律的な成長のための基盤整備がどれだけなされるか、にあった。当時も「中国脅威論」が話題になっていたが、その中身も経済成長に伴って拡大する内部矛盾が爆発し、政治的・軍事的混乱に陥るのではないか、という視点が比較的多かったように記憶している。しかしその後、2000年代初頭のWTO加盟による圧倒的な輸出拡大がこれらの矛盾解消の先送りを可能にし、中国を世界有数の貿易大国に押し上げるとともに、「中国脅威論」の中身も日米欧に対抗する新たな経済的勢力としての脅威、という見方が支配的になったように思う。今日の講義はこうした現状を、「中国は米国にとっての脅威か」「米国は自国経済のテコ入れのために中国に圧力をかけるべきか」という米国の目線から、具体的な事実を踏まえて分析していった。
中国の経済成長を振り返る
まずは、中国の近年の経済成長の有り様を概観する。
鄧小平の「改革開放」路線以来、1980年から2007年までの中国の年平均GDP成長率は、9.8%。
これがどれだけ凄いかというと、1980年に0.3兆ドルであった国内総生産が、2007年には11倍の3.3兆ドルになり(米国は13.8兆ドル、日本は5兆ドル)、一人当たり所得も12倍、6-7年で所得が倍増する、というペースである。
これを牽引したのが世界市場への輸出。1980年に300億ドルであった貿易黒字は、2007年には3000億ドルに拡大した。3000億ドルとは、中東諸国の貿易黒字をすべて合算したよりも多く、世界最大である。とくのWTOに加盟した後の伸びは凄まじく、2001年から2007年の6年間で3倍に膨れ上がった。これに伴い外貨準備高も増加、1.5兆ドルにまで達しているという。
ただ、この経済成長のペースが歴史上例を見ないほどのものだったのか、というとそうでもなく、実は高度経済成長期の日本とほぼ同じペースであり、韓国や香港などのペースよりは穏やかである。
また外貨準備高も、絶対額としては多いが、対GDP比でみると11%で、24%のシンガポールなどと比べると必ずしも異常に高いとはいえない。
とはいえ、このままの経済成長が続けば、中国が世界最大の経済大国になる日は遠からず訪れるようにも感じられる。ゴールドマン・サックスの発表した予測によると、2050年には中国のGDPは米国の2倍近くに達し、圧倒的な世界一になるらしい(ちなみにこの頃日本のGDPはロシアやブラジル、トルコなどよりも小さい)。こういうことを言われると、かつての日本脅威論と同様に米国国民(正確には議会)が脅威を感じるのも無理はないように思うし、国内経済の不調を中国のせいにしてしまおう、という気持ちもわからないではない。
と、ここから、Forbes教授の分析は、果たして米国議会などでよく指摘される中国への批判は的を得ているか、という点に向かう。
中国は閉鎖的な市場か?
まず中国が圧倒的な輸出超過であり、米国も中国に対して大幅な輸入超過に陥っている現状を踏まえ、中国の市場が閉鎖的だから、米国にとっての輸出の機会が制限されているのではないか、という意見がある。米国お得意の「勝手な自由貿易」論で、日本もこれでだいぶやられたが、数字を見ると、中国の市場が閉鎖的だとは必ずしも断じられない、と教授は指摘する。
例えば関税率。中国の平均10%は必ずしも突出して高いとはいえない。インドは平均30%も課している。
またGDPに対する輸入総額の比率も、米国が近年10%で横ばいであるのに対し、中国はここ10年足らずで15%から20%へと拡大している。
それどころか、大幅な輸出超過となっている中国の貿易収支も、米国以外の全世界との貿易収支でみれば、2007年まで赤字であった(2007年もぎりぎり黒字)。
つまり、中国の大幅な輸出超過は中国の問題である前に米国の問題ではないか、とみえてくる。
中国からの輸入品が米国労働者の雇用を奪っているのか?
これも目の前に溢れ返る中国製品をみて直感的に抱く感覚であり、大衆に訴えやすいコピーではある。
しかしそうした中国製品を生み出しているような労働集約的な製造業は、20世紀のうちに米国からほとんど死滅してしまっている。実際、80年以降の米国の失業率の推移と、中国にから米国への輸入額の推移を比較しても、ほとんど相関がない。さらには、アジア全体との米国の貿易収支をみると、中国からの輸入の増加は他のアジア諸国、とりわけ日本からの輸入を置き換えるかたちで進んでおり、アジア全体として米国への輸入額が増えているわけではない。つまり中国からの輸入品に大幅な関税をかけ国内産業を保護しても、大幅な失業率の改善には繋がらないだろう、と教授は指摘する。
むしろ、安易な価格調整は低所得者層の生活用品の価格を底上げし、庶民の暮らしを圧迫するのではないか、と警鐘を鳴らす。
中国からの投資は米国の脅威か?
中国は、日本に次いで世界第二の米国国債保有国である。
またさらに中国は2007年9月29日にChina Investment Corporation (CIC)という組織を発足させ、外貨準備高の一部を、国債よりもリスクの高い投資に回し始めた。結果的には、目下の株価暴落により、中国はこの試みの出鼻をくじかれた格好になり、まだ大きな投資に至っていないが、こうした動きに対して「国家安全保障上の問題だ!」と叫ぶ議員もいるらしい。
しかし、マクロ経済学を多少かじればわかるのだが、これは本質的には米国の国内問題である。つまり米国経済全体としての貯蓄性向が極端に低く、貯蓄を大きく上回る消費が行われるため、そのギャップを埋め合わせるために国際資本収支に頼らざるを得ない。実際、米国は資本の均衡を保つためには、海外から毎日50億ドルの資本流入が必要になっている。
ただ、政治家は自らの非を認めたり、国民に対して「中国の文句を言う前にもっと貯金しろ」ともいえないので、スケープゴートとして中国に矛先を向けるほうを好むのではないか、と教授は指摘された。
人民元の切り上げは米国経済の競争力を回復させるのか?
これについても、教授は批判的な立場であったが、ここは比較的論拠薄弱に感じた。
円とドルの歴史と同じであるとするならば、1985年のプラザ合意で実質50%ほどの円切り上げが行われた後は、明らかに貿易収支に影響が生じ、米国内への日本企業からの直接投資が加速して、米国の雇用創出に貢献したはずである。
なぜ人民元について同じことをすれば同じような結果が期待できないかー。
ここについては別の検証がいるように思われた。
全体として、教授は中国の今後について楽観的な立場をとっているのだが、現状のところオバマ氏は国内世論に推される(流される?)かたちで対中強行的な姿勢をとっている。具体的には、中国産輸入品への関税引き上げ、中国への政治的圧力の強化、などである。特に中西部の国民の人気をとるために、センセーショナルな施策を打ち出す必要があっただけなのかもしれないが、今後に注視する必要があるだろう。
1週間にわたって特別講義が開催される。
講義履修選択は2年生に優先権があるため、1年生の間は希望しているコースが取れず、また春学期以降にとる科目・教授のお試し的な意義が大きかったため、Sloan Introduction Periodと化していたが、今年は自分のスケジュールや関心に応じて授業選択ができている。
そんな中で最も楽しみにしていたのが、今日のKristin J. Forbes教授の講義。China's Emergence and Global Economyと題して行われた講義は、世銀、モルガンスタンレー、IMFなどを経て2003年から2005年まで史上最年少のメンバーとしてホワイトハウス経済諮問委員会に名を連ねたという彼女の分析力と経験が垣間見られる、興味深い内容であった。
中国経済の発展については、学生時代にも専攻として研究していたが、当時は90年代の後半であり、論点の中心は国営企業改革や労働市場の整備、内需拡大、香港・マカオとの融和など、持続的・自律的な成長のための基盤整備がどれだけなされるか、にあった。当時も「中国脅威論」が話題になっていたが、その中身も経済成長に伴って拡大する内部矛盾が爆発し、政治的・軍事的混乱に陥るのではないか、という視点が比較的多かったように記憶している。しかしその後、2000年代初頭のWTO加盟による圧倒的な輸出拡大がこれらの矛盾解消の先送りを可能にし、中国を世界有数の貿易大国に押し上げるとともに、「中国脅威論」の中身も日米欧に対抗する新たな経済的勢力としての脅威、という見方が支配的になったように思う。今日の講義はこうした現状を、「中国は米国にとっての脅威か」「米国は自国経済のテコ入れのために中国に圧力をかけるべきか」という米国の目線から、具体的な事実を踏まえて分析していった。
中国の経済成長を振り返る
まずは、中国の近年の経済成長の有り様を概観する。
鄧小平の「改革開放」路線以来、1980年から2007年までの中国の年平均GDP成長率は、9.8%。
これがどれだけ凄いかというと、1980年に0.3兆ドルであった国内総生産が、2007年には11倍の3.3兆ドルになり(米国は13.8兆ドル、日本は5兆ドル)、一人当たり所得も12倍、6-7年で所得が倍増する、というペースである。
これを牽引したのが世界市場への輸出。1980年に300億ドルであった貿易黒字は、2007年には3000億ドルに拡大した。3000億ドルとは、中東諸国の貿易黒字をすべて合算したよりも多く、世界最大である。とくのWTOに加盟した後の伸びは凄まじく、2001年から2007年の6年間で3倍に膨れ上がった。これに伴い外貨準備高も増加、1.5兆ドルにまで達しているという。
ただ、この経済成長のペースが歴史上例を見ないほどのものだったのか、というとそうでもなく、実は高度経済成長期の日本とほぼ同じペースであり、韓国や香港などのペースよりは穏やかである。
また外貨準備高も、絶対額としては多いが、対GDP比でみると11%で、24%のシンガポールなどと比べると必ずしも異常に高いとはいえない。
とはいえ、このままの経済成長が続けば、中国が世界最大の経済大国になる日は遠からず訪れるようにも感じられる。ゴールドマン・サックスの発表した予測によると、2050年には中国のGDPは米国の2倍近くに達し、圧倒的な世界一になるらしい(ちなみにこの頃日本のGDPはロシアやブラジル、トルコなどよりも小さい)。こういうことを言われると、かつての日本脅威論と同様に米国国民(正確には議会)が脅威を感じるのも無理はないように思うし、国内経済の不調を中国のせいにしてしまおう、という気持ちもわからないではない。
と、ここから、Forbes教授の分析は、果たして米国議会などでよく指摘される中国への批判は的を得ているか、という点に向かう。
中国は閉鎖的な市場か?
まず中国が圧倒的な輸出超過であり、米国も中国に対して大幅な輸入超過に陥っている現状を踏まえ、中国の市場が閉鎖的だから、米国にとっての輸出の機会が制限されているのではないか、という意見がある。米国お得意の「勝手な自由貿易」論で、日本もこれでだいぶやられたが、数字を見ると、中国の市場が閉鎖的だとは必ずしも断じられない、と教授は指摘する。
例えば関税率。中国の平均10%は必ずしも突出して高いとはいえない。インドは平均30%も課している。
またGDPに対する輸入総額の比率も、米国が近年10%で横ばいであるのに対し、中国はここ10年足らずで15%から20%へと拡大している。
それどころか、大幅な輸出超過となっている中国の貿易収支も、米国以外の全世界との貿易収支でみれば、2007年まで赤字であった(2007年もぎりぎり黒字)。
つまり、中国の大幅な輸出超過は中国の問題である前に米国の問題ではないか、とみえてくる。
中国からの輸入品が米国労働者の雇用を奪っているのか?
これも目の前に溢れ返る中国製品をみて直感的に抱く感覚であり、大衆に訴えやすいコピーではある。
しかしそうした中国製品を生み出しているような労働集約的な製造業は、20世紀のうちに米国からほとんど死滅してしまっている。実際、80年以降の米国の失業率の推移と、中国にから米国への輸入額の推移を比較しても、ほとんど相関がない。さらには、アジア全体との米国の貿易収支をみると、中国からの輸入の増加は他のアジア諸国、とりわけ日本からの輸入を置き換えるかたちで進んでおり、アジア全体として米国への輸入額が増えているわけではない。つまり中国からの輸入品に大幅な関税をかけ国内産業を保護しても、大幅な失業率の改善には繋がらないだろう、と教授は指摘する。
むしろ、安易な価格調整は低所得者層の生活用品の価格を底上げし、庶民の暮らしを圧迫するのではないか、と警鐘を鳴らす。
中国からの投資は米国の脅威か?
中国は、日本に次いで世界第二の米国国債保有国である。
またさらに中国は2007年9月29日にChina Investment Corporation (CIC)という組織を発足させ、外貨準備高の一部を、国債よりもリスクの高い投資に回し始めた。結果的には、目下の株価暴落により、中国はこの試みの出鼻をくじかれた格好になり、まだ大きな投資に至っていないが、こうした動きに対して「国家安全保障上の問題だ!」と叫ぶ議員もいるらしい。
しかし、マクロ経済学を多少かじればわかるのだが、これは本質的には米国の国内問題である。つまり米国経済全体としての貯蓄性向が極端に低く、貯蓄を大きく上回る消費が行われるため、そのギャップを埋め合わせるために国際資本収支に頼らざるを得ない。実際、米国は資本の均衡を保つためには、海外から毎日50億ドルの資本流入が必要になっている。
ただ、政治家は自らの非を認めたり、国民に対して「中国の文句を言う前にもっと貯金しろ」ともいえないので、スケープゴートとして中国に矛先を向けるほうを好むのではないか、と教授は指摘された。
人民元の切り上げは米国経済の競争力を回復させるのか?
これについても、教授は批判的な立場であったが、ここは比較的論拠薄弱に感じた。
円とドルの歴史と同じであるとするならば、1985年のプラザ合意で実質50%ほどの円切り上げが行われた後は、明らかに貿易収支に影響が生じ、米国内への日本企業からの直接投資が加速して、米国の雇用創出に貢献したはずである。
なぜ人民元について同じことをすれば同じような結果が期待できないかー。
ここについては別の検証がいるように思われた。
全体として、教授は中国の今後について楽観的な立場をとっているのだが、現状のところオバマ氏は国内世論に推される(流される?)かたちで対中強行的な姿勢をとっている。具体的には、中国産輸入品への関税引き上げ、中国への政治的圧力の強化、などである。特に中西部の国民の人気をとるために、センセーショナルな施策を打ち出す必要があっただけなのかもしれないが、今後に注視する必要があるだろう。
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経営コンサルタント
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MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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