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「 Sales Conference …不確実な市場での営業術 」
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モノを売るという行為は、経済活動の最も基礎的・原始的な要素であり、これなしにビジネスはあり得ないのだが、実はビジネススクールには、スローンを含めて、セールスの授業というのが非常に少ない。全くない学校すらあるらしい。それを反映してか、ビジネススクールを卒業した学生が就く職種も、製造業でいえば経営企画、マーケティング、プロダクトマネジメントなどが多く、セールスというのはあまり聞かない。世の中の企業が、セールスはお勉強で身につくものではなく叩き上げで育つものであって、MBAさんが活躍するところではない、と思っている節も多分にあると思われる。しかし一方で、直接セールスの仕事に就かなくても、ビジネスキャリアのどこかで、モノを売って成功を掴むという場面が訪れる可能性は極めて高い。
そんな背景もあって3年前に設立されたMIT Sloan Sales Clubは、昨今の経済情勢もあって急激に拡大し、現在会員数230名、スローンではファイナンスクラブに次いで2番目に会員数の多いクラブにまで成長している。全米の有名ビジネススクールで、ここまで大規模なセールス関係クラブをもっている学校はないのではないか、とクラブ幹部は話していたが、他所との比較を抜きにしても、非常に活発に活動している良いクラブであることは間違いないだろう。

今日はそのクラブ主催のイベントであるMIT Sloan Sales Conferenceが開催された。今年はどんなキャリア系のイベントでも、テーマは経済危機絡み。このイベントもご他聞に漏れず、Sell or Sink: Navigate the Crisisと題して、成功したベンチャー経営者、投資家、交渉術の研究者などを招き、不況下での営業術についての講演・議論が行われた。全体を通じて、「不況」を「購買力が低下した状況」と定義するのではなく、「市場・事業の不確実性が増し、顧客が不確実性に伴うリスクの回避を優先する状況」と定義して、その中でどういうセールスを仕掛けるべきか、非常に実践的な議論が交わされた。少なくとも「不確実性の中でどうするか」よりも、どちらかというと「今までと何が変わったか」に議論の中心があった先日のPrivate Equity Symposium よりは、随分前向きな議論だったと思う。以下、いくつかの講演、パネルディスカッションの中から、特に興味深かった3人のスピーカー(社会心理学者のRobert Cialdini、”Difficult Conversation”の著者Douglas Stone、Kiva Systems創業者兼CEOのMick Mountz)のメッセージを振り返っておきたい。


Robert Cialdini
アリゾナ州立大学で教える社会心理学者であり、交渉術の分野ではあまりにも有名なInfluence: Science and Practice(邦題「影響力の武器―なぜ、人は動かされるのか」)の著者。今回のイベントの目玉スピーカーである。この人の話を聞くためだけに来た参加者も恐らく少なくないだろう。今回の講演では、彼の提唱する6つの「影響力の武器」のうち、不確実性が増した現在の交渉環境下ではどれが特に重要か、を解説するもの。6つの「影響力の武器」は、人間の本質的な心理作用に拠るものなので、時代や文化を問わず普遍的に有効だ、というのが彼の主張であるが、同時に6つの「武器」の優先順位は時代や文化によって異なる、とも述べている。今回はその中で、不況(あるいは経済危機)という時代の中で特に重要度が高くなるものについての博士の説を示してくれた。
詳しい説明は省くが、「影響力の武器」とは、
1. Reciprocation(返報性)
2. Scarcity(希少性)
3. Authority(権威)
4. Consistency(一貫性)
5. Consensus(社会的証明)
6. Friendship/ Liking(好意)
の6つ。この中で、不確実性が高まった社会環境下では、Scarcity(希少性)、Authority(権威)、Consensus(社会的証明)の3つがより有効な「武器」となるだろう、というのが論旨。

Scarcity(希少性)が影響力の武器となる背景には、何かを得ることよりも何かを失わないことを重要視する、という人間の心理がある。不況下で、経済成長や就職など「何かを得る」ことの不確実性が高まると、人々の「これ以上失いたくない」という心理が強くなるため、ここに働きかけることで、影響力を行使できるという。例えば新機能満載の新商品を売り込もうとする場合、「これが新しい機能です」と訴えるよりも、「これが必要としていたのに無かったものです」と訴えた方が、効果があるという(ある家電商品では、宣伝コピーの言い回しをこのように変えるだけで、売上が40%も伸びたとのこと)。

Authority(権威)はより分かりやすい。素人の主張よりも玄人の主張の方が信用されやすいものである。人は権威を前にすると批判能力を低下させる(もしくは失う)。「専門家の彼が言うのだから、間違いないはずだ」となる。もっとも、Cialdini博士はこれをもって、専門性を高めよと言っているわけではない。ポイントは、どうやって権威や信用を獲得するか。そのための一つの方法として博士が推奨するのは、自分にとって不都合や情報やネガティブな事実を先に言うこと。「我々は素晴らしい計画に合意したが、まだ克服すべき困難も多い」というのと、「まだ克服すべき困難は多いが、我々は素晴らしい計画に合意した」というのとでは、言葉の順番が違うだけだが、後者の方が前向きに受け取られる。最初に都合の悪いことを言うことによって、後者のポジティブなメッセージの説得力が増すからである。一方で、米国の自動車メーカーなど、傾きかけている会社は、業績発表などで良いことばかり先に言って、後で都合の悪いことを言うので、折角の「良いこと」すら評価されなくなってしまう。

Consensus(社会的証明)は、特に日本人には当てはまりやすい。つまり、「皆やってるから…」というヤツである。これも不確実性が高い世の中にあっては、リスク回避のために皆が依存したくなる心理であろう。

皆「なるほど」と思うことばかりで、言われてみれば当たり前にも聞こえるのだが、こうして体系的に、しかも具体的な実例を交えて説明されると、非常に整理されて面白い。
ベストセラーの著者の話を聞いたことは初めてではないが、往々にして話よりも本の方が面白かったりするものである。それが博士の場合は、本に書かれた理論に準拠しながらもそこに付加価値をつけて提供してくれるのだから、恐れ入った。脱帽です。


Douglas (Doug) Stone
ハーバード・ロースクールで交渉術を教える講師であり、交渉術をトレーニングするTriad Consulting Groupという会社の創業者でもある。彼が教えてくれたのは、不況で経済が不活発になると、皆が疑心暗鬼になったり、少ない商機を逃すものかと過度にアグレッシブになったりして失敗しがちであり、こういうときこそしっかりと顧客の声に耳を傾けることで、交渉が前進する、ということ。いくつかポイントを挙げると:
  • 相手の話を良く聞くことで、自分が交渉において自分が押し込まれるのではなく、説得のための材料が増える、と理解すべき。「いや私の言いたいのはそういう事じゃなくて…」とか「ちょっと説明させてください」とかと言って、相手の話を十分聞かずに自説を展開するのは、決して得策ではない
  • 誰しもNoという答えを聞きたくはないが、それ以上に避けたいのは、「悪いYes」、「悪いNo」。「悪いYes」とは、そのときはYesと言ったものの、後になって「あのときNoと言っておくべきだった!」と大きな後悔をする場合。「悪いNo」はもっと悪く(もったいなく)、「あのときYesと言っておけば良かった」と後悔する場合。これらを避けるためにも、良く相手の言うことに耳を傾け、互いに十分に理解を深めるべき
  • 人間は目の前の現象や事実について、何らかの意図がそこにあると思いがちであり、またその意図は自分にとってあまり好ましくないものであると想像する傾向がある。例えば夜道を歩いているときに誰かが後ろから近づいてくると、何か自分に悪意をもった人が自分を捉えようとしていると想像しがちで、自分の親友が追いかけてきているのではないか、とはあまり思わない。不確実性の高い現在のような状況では、こうした傾向がより強まり、誤解に繋がりやすい。同じ事実や現象に相手が違った解釈をしている可能性を意識し、そうであった場合はなぜそういう見方をしているのか、理解に努めることが重要。言い換えれば、「私は正しいが彼は間違っている」という二元論ではなく、「私と彼は違ったものの見方をしている」と捉えることが、理解や説得の大前提
いずれも言われてみればごもっともなのだが、普段なかなかできていないポイントではないだろうか


Mick Mountz
以前このブログでも取り上げた物流機器メーカーKiva Systemsの創業者兼CEO。創業以来彼が現場の経験で獲得してきた営業の原則は、不況下の営業活動でより一層重要な教訓に聞こえた。
まず、商品のトライアル(試用)をしてもらう場合、実費程度で良いので多少のコストを支払ってもらうことが重要。お試し利用は、新商品の営業でよく使われる提案であるが、まったく無料で提供してしまうと、顧客が真剣に商品を評価しようとしなかったり、正しい意思決定者に辿りつけなかったりして、本成約に至る可能性が低くなるという。
また、提案する商品やサービスを使った場合の顧客の姿を、極力具体的にイメージしてもらえるようにする努力が重要。彼らの場合、自社の物流機器を使った工場のデモ動画を顧客に持っていく際に、デモ動画の中で運ばれる荷物に、顧客企業のロゴを入れて、いかにも顧客企業の倉庫であるように見せることで、成功してきたらしい。
最後に、自分たちができることを提案し売り込むのではなく、自分たちが得意なことを提案・営業するべき、というのが彼の信念。特になかなか売上が上がらないときには、何でも良いから売上を獲得しようと焦り、本来自分たちが得意なことでなくても、アレもできるコレもできると風呂敷を広げて、結果的に商品やサービスについての顧客満足度を下げる、という罠に陥りやすい。


いずれも、非常に具体的かつ普遍的な教訓であり、行動原則の確認・再構築という意味で、大いに勉強になった。長くなったが、自分のメモとして、また読み返すようにしたい。
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Shintaro
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男性
職業:
経営コンサルタント
趣味:
旅行、ジャズ鑑賞
自己紹介:
世の中を素直に見ることが苦手な関西人。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。

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