モノ(あるいはサービス)を売る、というのは、数千年前から人間がやっている、極めて基礎的な社会活動だと思われるが、ではどうやって売るか、というのは、学校では教えてくれない(もっとも、どうやって買うか、というのも教えてくれないが)。
ビジネススクールでも、マーケティングに代表されるような、企業体としてのモノやサービスの社会への効果的な訴求方法は、それなりに授業になっているが、一個人として、他人にどうやってモノを売り込むか、というのは、ほとんどカバーされていない。
私の所属するSales Clubでは、この点に着目して、昨年から外部講師を招いて、セールスのトレーニングを実施している。今夜は、4回シリーズで行われるこのトレーニングの初日であった。
講師はJeff Hoffmanという人物。営業マンとして数々の記録を打ちたてた後、Basho Strategiesという会社を立ち上げ、自らの経験から得た知見を概念化・理論化して作った独自の営業トレーニングを提供している。
今夜展開された彼の「講義」は、文字で再現が難しいほどダイナミックで、聴衆をひきこんでいた。
丸々と太ったカラダ全体から声を発し、コミカルなジェスチャーを交えて話す。講義形式だが、決して飽きさせない。
内容は、初回だったためかもしれないが、体系化された一つの理論というよりは、実際に使えるヒント、コツのようなものをトピック的に紹介していくものだったが、十分面白かった。
いくつか彼のコメント(あるいは「教え」)の例を挙げると、
- 「売り込みの最初の5秒間の唯一最大の目的は、相手に嫌われないこと。次の15秒の目的は、その相手との会話をあと数分持続させること」
- 「結果はすべて受け入れること。ただし、拒否されたからといって傷ついてはいけない。拒否されるのが普通なのだから。成立した商談の8割は、そこに至るまでに5件以上の商談不成立を経ている」
- 「買ってもらうためには信頼されなければいけない、という人がいるが、多くの場合、信頼は買ってもらった後にしか生まれない」
- 「セールスとは、顧客に選択肢を与えることではない。(自らから買う以外の)選択肢を減らすことだ」
言われてみればそうだな、と思うが、これだけセールスに集中して考えたことはないので、非常に面白かった。
ちょっと早口すぎて、またギャグ満載なために、私のつたないリスニング力が着いていかないときがあるが、あと3回の講義にぜひ期待したい。
名前だけみると、割と面白そうな講義が並んでいるのだが、先輩諸氏は「SIPには何にも期待しないほうがいいよ」と異口同音にアドバイスをくれていた。
そして実際に受講してみると、その意味が良くわかった。
講義は大きく分けると、3つのカテゴリーがあるように感じた。
①通常の教科の内容や、教授の研究内容の紹介。
②普段教鞭をとらない研究者や外部講師によるリーダーシップに関する講話。
③少人数でのプロジェクト体験。
これらのうち、①は文字通りあくまでも紹介なので、内容は浅く広くを旨としていて、講義の最後には決まって「もしこの手の話に興味があるなら、○○の授業を次の学期からでも履修してみてくれ」という宣伝が入る。その授業をとるかどうか(あるいはその教授の授業をとるかどうか)の判断の材料にはなるが、それ以上ではあまりない。
中には、例えばOperations Managementのように、教科内容の説明としての概論に加えて、博士課程の学生が教授とともに開発したソフトが実際に企業に提案され、導入されて、どのような成果をあげたのかが説明されたものもあり、この手の話は、少なくともコンサルティングをやっていた自分にとっては興味深かった。ただそれでも、多くの学生が「つまらなかった」とこぼしていたので、万人ウケはしていないのだろう。
②は、だいたいがつまらない。教える側に、教えるスキルや(と?)教えるコミットメントが足りず、だらだらとした話になりがちで、中にはほとんど耐え難く、学生が途中で出てしまうものもある。
③は、今回経験できなかったのでわからないが、希望すれば2年生が優先的に受講できるため、実質的には2年生向けのオプションだ。
以上の状況から、少なくとも1年生にとっては、SIPの実際的な意義は、やはり来期履修する授業・教授の品定め、ということになる。
SIP = Sloan Introduction Period、とでも改名した方が良さそうである。
スローン1年目秋学期の中間試験は、前述のように日が分散しているため、今日をもって全試験終了というわけにはいかず、実はあと二科目残っているのだが、まあ一段落、という気持ちにはなる。
これまでの戦績は当初の予想通り、統計と会計はまあまあで、ミクロ経済学がちょっとしんどい、というところか(最初からわかっているのなら勉強しろよ、というお叱りは甘んじて受ける)。
というわけで、午前8時半からのミクロ経済学の試験終了後、クラスメートとpubに集まって乾杯した。
当然、まだ朝である。どこの飲み屋もやっているわけではない。
が、MITキャンパス内にあるMuddy Charlesというpubはこの手の「季節行事」に慣れているようで、何名かのクラスメートが予め相談に行くと、10時半に店をあけることを承知してくれていた(もっとも、普段から11時50分には店をあけて学生に酒を出しているという、ある意味とんでもない店なのだが…)。
何のツマミもなしに、ひたすらビールを飲む。しゃべる。こういうのが、米国人学生のスタイルなのか、彼らはこうなると本当によくしゃべるし、よく飲む。次々と、ピッチャーが空になっていく。付き合っていると、逆立ちしても彼らほどしゃべれないので、相対的に飲む量が増える。そして、より酔う。
こりゃかなわん、ということで、1時間ほどで退散し、チームメートAR君、日本人学生HW君とともに、ランチに行く。
天気も良いので、ワゴン車で売りに来ているランチボックスを買って芝生の上で食べ、眠気覚ましのコーヒーを買ってStata Centerの大階段(写真中央下の擂鉢状の階段)で日光浴をしながら飲む。その後は2時半の授業まで、その階段に仰向けになって昼寝。
なんとも学生らしい奔放な時間の過ごし方で、非常に心地良い。なにより、昼間から赤ら顔でここまでやっても誰も気にしないところが、流石米国である。この後2時半から出た組織プロセスの授業は、クラスの半分が睡魔と格闘するテイタラクであったが(米国人の学生は通常、授業やミーティングで居眠りすることはほとんどない)、教授も大目にみてくれていた。
また明日から、ちゃんとします。
明日から秋学期の中間試験である。
中間試験…。
10年以上使っていない単語である。日本語で書くと尚更そう思う。
科目によって時期がずれるため、通常の授業の合間を縫うように変則的なスケジュールが組まれており、今週は統計、会計、ミクロ経済学の三科目のみ。金融は2週間後にあり、更にその2週間後に組織プロセスの試験がある。
試験とはいっても、ビジネススクールはあくまで実践的な知識・スキルの修得を目的としているので、試験のスタイルも日本の中学・高校でみられる暗記主体のそれとは異なる。比較的論述問題が多く、過去数年間の試験問題はウェブで公開され、科目にもよるが公式等を書いた紙の持ち込みも許されている。特に公式の多い統計学などは、この紙(多少の皮肉を込めてか、Cheat Sheetと呼ばれる)が学校から正式に提供され、それを使わなくてはならないが、それ以外の科目(具体的には会計や金融)では学生が決められた紙幅(今回はA4一枚、両面可)に収まるように工夫して作る。この作業自体に学習効果があるようで、モヤモヤとしていた半期分の学習内容が整理されて頭に入ってくる(恥ずかしながら、英語で教わった内容はなかなか頭に整理されて残らない)。
とはいえ、受験勉強に対する集中力・持続力は驚くほど落ちていて、いわゆる一夜漬けがままならない。特に論述が多く理論の正確な理解が重要なミクロ経済学は、同科目がCheat Sheetの持込を禁じていることもあり、かなり不安が残る。
まずは明日の統計の試験で幸先の良いスタートを切り、あとに繋げたい。
スローンは今学期から、新しいDean(学部長)を迎えている。David C. Schmittleinという52歳の男性で、直前までペンシルバニア大学Wharton校のDeputy Deanだった人物だ。
聞くところによると、スローンの優先課題であるreputationの向上と資金獲得のために、財界活動等のネットワーキングに優れた人物を外部から登用したのだという。
多少「鶏と卵」みたいな関係ではあるが、これらの優先課題は、現在建設中の新校舎E62に関係する。
2010年夏竣工予定の同校舎によりスローンの学生受け入れ能力は大きく拡大する。現状から物理的容積に比例して学生数を増やすのではなく、より選択科目の幅を広げて教育課程自体を充実させる方向で計画中、と言われているが、そうはいっても学生の定員も増やすのは間違いないだろう。そうなると、今以上に、大学の外部評価を上げてApplicant poolの質の底上げをしないと、単純に合格最低ラインの引き下げになって学生の質が落ちる。米国内のMBA出願者数は近年増加傾向にあり、07年は06年に比べてGMAT受験者数ベースで6%の伸びという報道もあるが、景気の波や人口動態の影響を非常に受けやすいこうした統計は短期的な指標にしかならず、地道な努力を怠る理由にはなり得ない。そこでメディアなどを通じたマーケティングに長けた人物を登用したということらしい。
もう一つの「資金獲得」は、さらに分かりやすい。信じられないような寄付金によって新校舎のファイナンスは当然まかなえているが、ハコができるとそれは自ずからより多くの資金を要するようになる。この点でのNew Deanへの期待は大きい。
そうしたDeanであるが、一学生から見ればほとんど日常的接点のない存在で、一度全校生徒向けのスピーチがあった以外は、たまに道で見かける程度である。今日はその彼と、意外な場所で遭遇し、その人となりに至近距離で触れることができた。
会社のMBA学生採用活動のサポートのために、この日は夜にフィラデルフィア入りすることになっていた。4時までの授業が終わってすぐに空港に向かい、手荷物検査場の列に加わって順番を待っていると、直前にいた紳士がこのDean Schmittleinだった。
"Hi, Dean Schmittlein"
と声をかけると、怪訝そうな様子はまったく見せずに笑顔で「やぁ、こんにちは」と返してくる。このあたりからして流石、と感じた。私自身、旅行目的上ビジネススーツを着ていたし、一見して学生だとは判断し切れなかっただろう。当然、こちらの顔を知るはずもない。それでも知っているらしき人間には、笑顔を絶やさない方が得である。
名を名乗り、自分がスローンの一年生であることと、出身の会社名に触れると、彼はさらに饒舌になった。手荷物検査機の前で靴を脱ぎながらも、ああ、あのファームの出身か、ボストンオフィスのR氏の先日の論説は面白かったな、Gさんは知ってるか、と話が途切れず、しかも嫌味なく自分のネットワークを披露してくる。こちらが気押されて、カバンからPCを取り出すのを忘れて係員に咎められると、すかさず歩み寄ってきて「これは自分がタイミング悪く話しかけたせいで、彼のミスではない」とフォロー。いやいや自分のミスです、と言おうとするとそれを制し、自分はコーヒーを買いに行くのでまた機内ででも、と言って立ち去る。非常に卒がなく、スマートである。
一方、何となく孤独な横顔もみられた。
搭乗口に行くと出発時刻の遅れが表示されていて、もともと早めに空港についていたために時間ができた。採用イベントの間は軽食が出るとはいえ十分食べている余裕もなさそうなので、何か食べておこうと思いカフェテリアに戻った。するとそこには先ほどのDeanが、ドーナツとコーヒーを買って歩いていた。こちらが声をかけるより先に先方が気づいたが、今度は目線をそらして足早に柱の影に進むと、そこのテーブルに腰をおろし、独りでドーナツを食べ始めた。新聞も雑誌も読まず、ひたすら黙ってドーナツを貪り、コーヒーを飲んでいる。視点は虚空を掴んでいるようにしか見えない。
どんな組織でも、トップに立つというのは孤独なものである。ビジネススクールで上記のような背景でとっぷに就いたばかりの人物もきっとその例外ではなく、しかも外部評価や寄付額という、ある意味で他力本願な要素も強い指標が自分の成功を測るとなると、その気持ちはより強いのではないか。空港のカフェテリアの柱の影の物寂しいテーブルでみたその姿は、そんな孤独や重圧から一瞬ログオフして、真っ白になっている時間のように見えた。
MITスローン校でのMBA、プライベート・エクイティでのインターン、アパレル会社SloanGearの経営、そして米国での生活から、何を感じ、何を学ぶのかー。
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